夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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16 熱誠

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 ほどなくパーカーとスウェット姿のショウが、手に木の板をぶら下げて舞台に出てきた。同じようないでたちのサトルとユウヤが続く。客席から声がかかると、呼ばれたダンサーはそちらに向かい軽く手を振った。アングラ劇場ならではの距離の近さだ。
 晴也がハイボールを飲みながら見ていると、3人は持ってきた板を広げ、舞台の前のほうに並べ始めた。幅1メートルほどの木の通路が出来あがる。明里はグラス片手に、それを東宝宝塚劇場の張り出し舞台に例えた。

「銀橋みたい」

 それを聞いて美智生がなるほど、と笑ったが、店のスタッフが舞台の真下にマイクを3本並べたのを見て、閃いたように言った。

「タップするのか?」
「あっ、そうかも!」
「訊いてみよう」

 美智生は板を踏みながら慣らすユウヤに呼びかけた。

「ユウヤ、それ何するの?」

 ユウヤはこちらを見て、軽く両手を上げ、スニーカーの爪先で板を蹴り上げる仕草をした。彼に注目していた前方のテーブル席の客の一部が、おおっ、と声を上げる。

「やっぱりタップだ、俺初めて生で見るよ」

 美智生は軽く興奮した口調になった。晴也もわくわくしたが、サトルに中央の印をテープでつける指示をするショウを見て、タップの練習のし過ぎも膝を壊した一因だったという彼の話を思い出した。
 ショウは顔を上げ、晴也のほうを見た。彼は口許を緩め、緊張や不安などは無い様子だった。それにしても彼は、タップを練習しているなんてひと言も言わなかった。

「ハルちゃん、どうかした? 何か顔が深刻だけど」

 頬を赤くした夏紀が、美智生の向こうから覗き込んできた。だいぶ酔っているようだが、大丈夫だろうか。

「ああ、タップって……割と足に負担かかるって聞くから、ショウさん大事な舞台の前なのにとか思ってる」
「ふふふ、ハルちゃん過保護……」
「ん、まあそうなんだけど」

 ショウが左膝を壊して帰国したことは、舞台芸術ファンしか知らない。明里と、ショウやユウヤとSNSで繋がっている美智生もたぶん知っているが、あまり話さないほうがいいと晴也は判断する。
 ダンサーたちは準備を終え、上手の袖に戻って行った。タップダンスをしてくれるようだという話が店の中で瞬時に巡る。ほんのわずかな時間、店全体が暗くなり、舞台が明るくなると、奥の真ん中に黒い髪の後頭部が見えた。毛布にくるまって寝ている。
 水の流れるような音がして、下手から伸びをしながらゆっくりとサトルが登場した。遠くから響く笛の音。朝だということが伝わる。彼は寝ているショウに近づき、手で肩を揺すった。なかなか起きないので、毛布を引っ剥がそうとすると、ショウがしがみつくのに小さな笑いが起きる。サトルはムッとして、毛布ごとショウを上手に引きずって行くのだが、意外と力の強いサトルとなすがままのショウに、笑いが大きくなった。
 下手からユウヤとタケルが、楽しげに話をしながら登場した。上手からサトルとマキがふざけ合いながら出てきて、会話にくちばしを突っ込み始めた。全員白い綿のTシャツにワイドパンツだが、サトルとマキはサスペンダーをつけているので、子どもなのだろう。
 音楽がリズムインした。笛が跳ねるようなメロディを奏で始め、4人がそれに合わせて笑顔で軽やかに踊る。今日はこれから何か楽しいイベントがあり、皆がわくわくしているような印象を晴也は受けた。
 上手から頭を掻きながら出てきたショウは、4人を見て混じりたいそぶりを見せるが、タイミングが測れないらしい。戸惑い後退あとじさるショウを見て、上手いなあと晴也は思う。躊躇ためらう足の運びと表情の変化で、少しどんくさい青年のキャラを醸し出している。
 気づいたマキに手招きされて、ショウが隅でダンスに加わった。いつものドルフィン・ファイブと違う並びで踊るだけで、何処となく新鮮である。

「可愛いね、どっか外国の田舎の村祭りみたい」

 明里が自分と似たような印象をダンスから受けていることに、晴也は驚いた。

「やっぱり祭りっぽいと思う?」
「曲が踊りの音楽っぽいもん」

 真ん中の若い2人が悪ノリで大きく腕を振ったり脚を上げたりするので、タケルがサトルを小突いたり、ショウが身を縮めたりする。小さな笑いが起きたが、そのうち5人の踊りはぴたりと息があって、だんだんと振りが複雑になって来る。変拍子に細かいステップがつき、ピアノのシンコペーションに合わせて両端のユウヤとショウがくるっとターンしてみせる。
 曲調が変わった。テンポが上がり、5人は流れる笛の音に合わせて、端から順番に軽やかに走り、舞台を横切ってけた。数小節舞台が無人になり、照明が赤みを帯びると、先に引っ込んだショウとユウヤが出て来て、木の板の上に並ぶ。2人が靴を履き替えていることに気づき、客席の期待感が増すのが晴也にもわかった。
 新しいメロディが始まると、2人の両足が前後に行き来する度に、軽やかな音が板の上で立ち始めた。ユウヤもショウも、全く体幹がブレず、膝から下だけを動かしているようだ。

「すっご、さすがだわ」

 明里が呆れたように言った。夏紀は両手を合わせ、素敵、と口走る。
 2人はリズムの切れ目にスタンプを入れ、高い音を鳴らしながら上半身に振りをつけ始めた。爪先を板に打ちつけながら前傾し、右手を前に出す。そして体勢を戻す反動で1回転する。晴也は既に、彼らの足許がどう動いてかちかちと音を出しているのか、わからなくなっていた。
 タケルたち3人が、上手と下手からタップシューズを履いて登場し、ショウを真ん中にして5人で並んだ。祭りのハイライトを迎えたように、楽しげなタップの音が高らかに響く。
 5人は手を繋いで前に脚を高く上げると、細かい音を刻むピアノに合わせて左右に少しずつ移動しながら足を踏み、客席の全てに笑顔で目線を送った。思わずといったように、拍手が起こる。すご、と美智生が呟いた。
 晴也は心から楽しそうな笑顔を見せるショウを見て、自分まで嬉しくなる。いくら膝の調子が戻っていると言っても、タップをここで踊ることに、躊躇ためらいもあったのではないかと思う。しかしやはり彼は、不安も感じさせずに完璧に踊っていた。
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