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死んだ先が異世界で

再度の召喚は現代で

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「帰ってくるまで待っててくれ」
「いってくるにゃー」
「いってらっしゃいですぞ」
2匹の見送りを受け、俺は学校へと向かう。

学校だるいなぁ…凍夜と淵夏。それと姉御にも返信してないし。
淵夏は優しいから、何もないだろうけど。あの二人…多分何かしら言ってくるだろうな。
月曜日の怠さとこれから会う二人にめんどくささを感じつつゆっくりと向かう。

ある程度歩くとそれは急に訪れる、

「ごふっ!?」

いきなり訪れた後ろからの衝撃に前方に吹き飛ばされた。
硬いアスファルトの上をボーリングのように転がっていく。
一体何事かと思い、背後を見上げると足を突き出して立つ凍夜がいた。
あー、メール返してなかったからか?
見るからにキレているその顔に申し訳なさを感じる。

「おー凍夜、おはよう」
「おはようじゃない!お前メールに返信くらいしてよ!!」
「悪かったって、ちょっと用事があっただけだから」
そうか心配してくれてたのか、有難いな。
なんと言っても幼馴染。連絡が取れなければやはり俺の事を心配して…




「ブチ切れてる姉御の相手、すごい辛かったんだよ!!」

心配していたわけではなかったみたいだ。


「え、そんなにキレてんの?」
「うん、あれはヤバイ。昔の透け透け下着事件並にキレてる…」
あの凄惨な事件並か…


遠い昔、俺と凍夜が小学校三年の時。俺のばあちゃんに用があったのか、姉御が泊まりで屋敷へと来ていた。
久しぶりに来た姉御に俺たちは大喜び。一緒に遊ぼうとワクワクしていた。
だが、結果は、ばあちゃんと姉御はずっと話していた為、俺と凍夜はやる事もなく暇。
期待していた事もあり、俺達は遣る瀬無い気持ちに包まれていた。
そんな暇をつぶすため凍夜が考案した遊び。それは無謀にも姉御の荷物を漁る、発掘ごっこであった。

掘り返されるスーツケース。次々に見つかるお宝。
それは、当時の姉御が着るにはまだ早い、真っ赤な透け透けや黒いレースの下着だった。
こんな綺麗な布があるなんて。
見たこともないその装いについつい面白くなり…


俺達は遊び半分でその下着を帽子のように頭に被り、外に駆け出していった。



時間は夕刻、遊び疲れて帰り着く。
其処にはぐちゃぐちゃの荷物の前で仁王立ちする姉御。
その前に立つ、赤仮面と黒仮面の俺たち。
姉御はあからさまにブチ切れている。


其処からは地獄だった。


それ以降透け透け下着事件は禁断の事件となり、俺たちは姉御の命令に忠実な犬となった。


そうか…あの時並か。うん、死んだな。

俺はそっと家へと戻る為に踵を返す。
ガシッ…後ろから手を掴まれた。
それは、離してなるものかと、力強く、手をキリキリと締め上げる。

「逃がさないよ、紡が来なきゃ機嫌が悪いままなんだ。俺のために犠牲になってもらうよ」
こいつ、俺を犠牲にする気だな。平然と友を見捨てる凍夜ばかにイラッとしつつも決意を決める。

「まあ、サボった俺が悪かったしな。しゃあない、行くとするか」

地獄へゆっくりと、一歩一歩進んでいった。



校門まであと少しの距離。そこで、先を行く美少女が目に入る。
やはり、今日も一段と女の子しているようだな。
「おう、淵夏。おはよ」
「あ、紡!よかった…心配したんだよ」
そう、これこそが友情。凍夜には見習ってもらわなければ。
「おはよう、淵夏。こんな奴ほっといていい。紡はクマムシレベルで死なないから、心配するだけ無駄だよ」
不死じゃねえかよ。俺はゾンビとでも思ってるのか。

「凍夜はわかってないな、淵夏のこの優しさが。それに、美少女に心配されるこの嬉しさが!」
「なっ…!?せこいよ紡!俺と変わってくれよー!」
こんな役得誰が変わるものか。この幸せは俺のものだ。

「二人とも、僕は男だよ?」
言い合いを続ける男達の隣で、優香の呟きは二人の喧騒に掻き消されていた。



「そういえば紡。先に言っておくね」
顔を赤らめて俺を見つめる淵夏。そうか、俺に告白をしようと…
「頑張って。生きて帰って来てね…待ってるから」
初めて知った。幸福の後には絶望が来るのだと。









「すげぇ…女版拳王だ…」


学校に着くと其処では校門で仁王立ちして立っている姉御がいた。
何かを探すように視線を動かし、周囲を威圧している。
近くを通る生徒達もその雰囲気に飲まれ下を向いて通って行く。

遠くから眺めていると、姉御の眼光がギロリとこちらを向く。
その目は、やっと見つけたぞ、と物語る。
俺達の元へと姉御は威圧感を放ちながら近づいて来る。

「ヒッ…」

隣から悲鳴が聞こえてきた。


「篠上先生!紡を連行して来ました!」


威圧感に負けたのだろう。凍夜はあっさりと俺を生贄にする。
安い友情だなおい。

「そうか、よくやった。冬川は教室に上がってていいぞ」
「はいっ!」
いい返事を残し走り去っていった。

「春日井。お前も早く上がれ」
「篠上先生、程々にしてあげてくださいね」
それだけを伝えて、校門をくぐって行く。
涙が止まらない。ありがとう淵夏。その一言で、俺はまだ戦える。


姉御はこちらを振り向きとてつもない剣幕で話を始める。

「さて、御伽。メールを送ったはずだがなんでメールを返さなかったんだ」
俺は灰色の脳をフル回転しすぐさま答えた。
「気づいたのが今朝だった為、対面した方がいいと思いそのまま来ました!」

それはまるで軍隊のよう。キビキビと敬礼しながら、地雷を踏まぬように回避していく。

「そうか、まぁそれはいいとしよう。それで金曜日、お前はどこで何をしていたんだ?」

やばい…理由考えてなかった。異世界行ってましたなんて言ったら即病院に連れていかれるしな…

結論も出ず、待たせるわけにもいかずに思いつきで答える。









「新作のエロゲーをしていました」






答えると姉御の手が頭に添えられた。


「遺言はそれでいいな?」
俺は選択を間違えた。


添えられた手に力が込められメリメリと頭蓋が締め上げられていく。
「い、痛い!痛たたた」
頭部から響くミシミシと潰される音。耐えきれない痛みと逆らえない恐怖に声が出る。
「そんな理由で休んだ奴は初めてだ、よりにもよって私に対してそのようなことを言う輩がいるなんてな」
一切力を弱めず姉御は話を続けた。

そこから少しの間痛みに耐えていると、ゴミを捨てるようにポイっと投げられる。
ああ、俺は助かったのか。

「授業前だ、これくらいで許してやる。さっさと教室に行くように。これに懲りたらもう休むなよ」
「分かりました…」

俺は服についた砂を払いのけ、これ以上姉御の説教が来ないうちに教室へと向かおうとする。


「ちょっとまて、お前ブレスレットはどうした?」
「あー…この間壊れちゃって家に置いて来ました」
「なっ!…そうか、もう行っていいぞ」
「ん?はい、失礼します」
何故か驚く姉御を疑問に感じながら、俺は教室へと走って行った。


「はあ…なんであいつ死にかけてるんだ」


校門で、呆れた顔の篠上の呟きだけが真夏の風に流れて行った。



―――――――――――――――――




時間は昼休みになり授業中とは打って変わり、教室内もざわついている。
女子生徒が可愛らしい小さな弁当をちまちま食べている姿や、遠くではもう食べ終わったと思われる男子生徒達が集まって遊んでいたりなど思い思いの時間を過ごしている。

そんな中、俺は購買部で買ってきた袋を持ち教室に帰ってきていた。

「お帰りー。ごめんね、買い出しに行かせて」
「遅いぞ紡。きちんと俺の分も買って来たんだろうな」

じゃんけんに負けた俺は、購買へと買い出しに行かされていた。

「一応頼まれた分は買って来た。とりあえず出すぞ」

机の上に出される戦利品。

コロッケパン×2
カツサンド
タマゴサンド
メロンパン

「まずは、淵夏。メロンパンだけだったよな」
「うん、ありがと。よかったよー僕が買い出し行くといつも最後まで待たされるんだよね」
そんなふらふらな体で、熾烈な購買戦争を生き抜くことなんて出来ないからな。
「淵夏はもっと体力をつけないと無理でしょ。メロンパンだけじゃなくもっと食べないと」
「えー。これ以上、入らないよ」
そんなんだから、淵夏は昔から変わらず女の子なんだろうな。


「よし、俺の分を取るぞ」




机の上からパンが消えた。




「成る程な、俺は残ったビニールを食べればいいわけか」
「そこまで何かを食べようとするお前を出会って初めて尊敬するわ」
こいつなら、地球が滅亡しても生きていけるだろう

「冗談だ。ほれ、お前の分」
「まさか…紡それって」

端から見えている淵夏はどうやら知っているようだな。購買が誇るこの兵器を。
紡から差し出されるビニールを凍夜は受け取り、中を覗く。
そこには、




チリサーモン生クリームサンド~オーロラ風~




でかいサンドイッチが入っていた。

「え、なにこれ」
「ああ、なんか、購買のおばちゃんが、毎度売れ残るから持っていっていいって言ってくれたから、凍夜の分だけもらって来た」

ギトギトに溢れ出す油に、絡みつくような生クリーム。その間から挨拶するようにひょっこりとお目見えするサーモン。
こんな見た目をしていながら、通常のサンドイッチよりも倍ほどの大きさがあるそれは、一目でわかるほどの凶器であった。
紡は感じていた。絶対に俺は食べたく無い。それほどの破壊力をこのパンは備えていると。


「凍夜…それ本当に食えるのか?」
「ん?姉貴の料理に比べればこの程度美味い方だぞ」
「僕、初めて凍夜のこと、凄いと思ったよ」
それもそうだろう。気にもせずに、チリサーモン生クリームサンド~オーロラ風~を食べる凍夜。
嘘だろ、俺たちなんか、香りだけでやられてるっていうのに。

食べている物のあまりの酷さに、不憫に感じ、俺はコロッケパンを一つ分けてやった。


「それにしても姉御のあの威圧感、堅気じゃないよね」
「俺には拳王にしか見えなかったわ」
「篠崎先生は紡の事が好きだからね」
あの拳王にそんな感情など搭載されてないだろ。
「好きならば、アイアンクローはしないだろ」
「いやいや、好きだからこそだよー」

三人でバカな話をしながらゆっくりとした時間を過ごす。

「そういや聞いた?最近ニュースであってる工事現場の手抜き問題。ここの近くでも結構な事故があったらしく騒ぎになってるみたいだよ」
「確か、ここから少し離れた、ビルの建設現場だよね。結構みんな噂しているみたい、あの大事故の事」
「お…おう、そうか。大変だな」
やっぱり騒ぎになってたか。

「警察と救急で現場は騒然となっていたって見た人が言ってたよ」
「死傷者は無かったらしいけどな、でもなんか巻き込まれかけた女の子が「お兄ちゃんがっ」って叫んでたらしい。巻き込まれかけたショックで見間違えたって思われてるらしいよ」

ごめんよ名も知らない少女よ。お兄ちゃんは元気に生きてるよ…


「あ、二人は来週からの夏休みなんか予定ある?」
そうか、もう来週か。休み中は異世界満喫したいなぁ。
「ああ、ちょっと出かける用事があってな」
「僕も旅行に行くから忙しいかな」
「そうか、俺も実家に帰る予定があって、紡が寂しいかなって思ったがよかったよ」
「紡は寂しがり屋だからねー」
「アホか寂しくねーよ」

凍夜ばかがニヤついた顔でのたまっている。
その顔にイラついていると凍夜の最後のパンが目につく。

「…そういえば朝俺のことを生贄にしたよな?」
いくら相手が姉御だろうと、こいつは俺を見捨てた。淵夏はきちんと助けてくれたのに。
「当たり前だね、俺の安全とお前の命、考えるまでも無く安全を選ぶよ」
当然だ俺も凍夜の命より安全を選ぶ。

「なるほどな、でもお詫びとしてこいつは頂いておく!パクっ」
「あー!!最後まで取って置いたコロッケパン!返せー!俺の愛しのコロッケパン!」
うむ、ソースが染み込んでいる。
さらに凍夜から奪い取ったという相乗効果でとても美味いな。
すぐさま完食する。
「残念ながらもう俺の腹の中だ」
「紡、お前ー!」
「ふふっ。二人とも仲良しだね」
「「断じて仲良くない!」」
「ほら、ぴったりだし」

いつもの如くじゃれ合いながら騒がしい昼休みを過ごしていった。



学校も終わり家へと帰り着く。
玄関を開けても静かで、俺の「ただいまー」という声が無人の響き渡る。
すると奥から「帰ってきたにゃー!」という声と走ってくる音が聞こえる。
「おかえりにゃー!」
にゃん吉が足にしがみついてくる。
ピーも居たはずなんだけど寂しかったのかな?

そんなにゃん吉を撫でていると、

「おかえりですぞ」

此方へとピーもやって来る。
にゃん日の叫び声で気づいたんだろうな。

「二人ともただいま、俺が出ている間何もなかったか?」
「ええ、大丈夫ですぞ。一応屋敷内を綺麗に掃除しておいたのである」
「にゃーも手伝ったにゃー!」
「そうかありがとな」

自慢げに話す二人を褒めながら居間へと向かって行った。




その日の夜…
今日にゃん吉寂しがってたな。ピーも大勢の方が楽しいだろうし…今度、寂しくないようにもう1匹召喚してみようかな。うん、そうしよう。



隣で寝る2匹のことを考えながら眠る紡はとても幸せそうに眠っていた。




―――――――――――――――――




それから数日。毎日放課後には異世界に行き、にゃん吉と二人レベル上げを行なっていく。
倒したモンスターは魔導書内へと溜め込んでいった。
最近はどんどんと上がっていくステータスを眺めるのが紡の密かな楽しみである。

今日は金曜日。明日からの休みもあり、今日新たに召喚しようと決めていた。
んー…あいつにするか。いやでもなぁ…にゃん吉みたいに子供が出てこられても困るしなぁ…

紡はここ数日悩み続けていた次に召喚する者を未だに決められずにいた。

まぁ、にゃん吉も猫だし動物系にしてみようかな。あー…あいつなんかいいかも。運気も上がりそうだしな。よし、あいつにしよう。

「にゃん吉、ピー!集合しろー!」
「「どうしましたかな(にゃ)?」」
「今から新しい仲間を召喚するぞー」
「待ってたにゃー!」

やっぱり寂しかったんだな。
俺は苦笑すると居間の卓袱台をどかし、中央で魔導書を開く。
さて、やるとしますか。
すると床に白く輝く魔法陣が浮かび上がる。



昔、ばあちゃんが語ってくれたあの双子の物語を。


イメージが固まり、魔法陣もより一層輝き出す。すると、魔法陣の色が鮮やかな緑へと変化し、弾け飛ぶ。
俺は、召喚で持っていかれた魔力による疲労感をぐっと耐え、魔法陣の真ん中を見つめる。


…ん?あれ?何こいつ
そこには鳥がいた。
おかしい…今回イメージしたのは【幸運の青い鳥】、チルチルとミチルの物語に出てくる青い鳥をイメージしたはずだ。
だが、そこにいた鳥は黄色だった。
ただ黄色の鳥なら色違いで済む。しかしそうはいかなかった。






「なんでだよ…なんで青い鳥呼び出してひよこが出てくるんだよ!!」

ヒヨコがそこにいた。

青いバンダナを巻きキリッとした顔をしている。
前回も子猫だったし今回もなんかあると思ったけど…鳥以外何一つあってねぇじゃねぇかよ!
しかもよりにもよってバンダナヒヨコとかまた家の中にゆるキャラみたいなのが増えるのか…

神よ俺がなにをしたというのか。もはや呪いとしか思えない、次々と増えて行くゆるキャラ達。
その無情な現場にまたもや紡は凹んでいた。

横ではゆるキャラ軍団による自己紹介がなされている。
「にゃーはにゃん吉にゃ、主人を守る騎士をしているにゃ。よろしくにゃー」
「私はミスターP、気軽にピーと呼んで欲しいですぞ」


するとヒヨコからも声が聞こえる。
「ええ、よろしくお願いしますわね。私は幸代、こう見えてもいろいろな人々に幸運を届ける幸運の鳥をさせていただいておりますのよ」
そこだけほのぼのとした空気が流れていた。

まぁ、しょうがない。俺がひよこを呼んだんだ。
紡は直ぐに切り替えると自身も挨拶する。

「俺は御伽 紡、こいつらの仲間をしている。よろしくな」
「なるほど、仲間ですか。うん、私好みの顔立ちですし良いですわね。ご主人と認めて差し上げますわ」
「ありがとな。んで、名前なんだがそのままの方がいいのかな?」
「え?ああ、名付けですわね。…そうですわね、せっかくですし付けて下さらない?」


そうか…んー、見た目はヒヨコだが口調から察するに女の子だしな、にゃん吉の二の舞にならないようにしないとな。
それにしても名前か…確か幸運を届ける鳥だからなぁ。…お、そうだ!

「名前はフォル。幸運の鳥フォルだ」
フォルから緑色の光が飛び出し、魔導書へと吸い込まれていく。すると魔導書に文字が浮かび上がる。


【幸運の青い鳥】
青い鳥役:フォル


『規定数を超えたことによりレベルアップしました』

以前と同じ女性の声が頭の中に聞こえてくる。

「フォルですわね、どう言う意味なのかしら?」
「声から女性って分かったからね。幸運の女神フォルトゥーナから名前を取って付けさせてもらったよ」
「成る程、女神の名前からなんて中々センスのあるご主人ですわね」
よかった。喜んでくれているようだな。


それとは対照的に、紡の近く。その一角では陰鬱な空気が溢れ出る。
そこにはその光景を眺め凹む1匹の子猫の姿がそこにいた。
「にゃー、ずるいにゃー…にゃーも可愛い名前がよかったにゃー」
「残念だがもう変わらない、諦めるのですぞ」
にゃん吉はピーに慰め?られていた。




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