強くて弱いキミとオレ

黒井かのえ

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プロローグ

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「カオちゃーーーーん!!」
 
 大声とともに教室の戸がガラッと開かれる。
 戸口からは一番遠い、窓際の一番後ろに結城薫ゆうきかおるは座っていた。
 薫を呼んだ生徒は、どかどかと机を横切り、薫に近づいてくる。
 
「大変なんだよ、カオちゃん!!」
 
 頬杖をついた状態で、まだ眠そうな目のまま薫は窓の外を見ていた。
 机に手をついて自分の顔を覗き込んでいる相手のことなど、どうでも良さそうだ。
 
「三年の宇崎が松葉、囲ってきやがった!」
「それでぇ?」
「それでって……」
 
 薫はちろっと目だけを動かして、相手を見上げる。
 
「お前、なにやってんの?」
「だから、オレはカオちゃん、呼びに……」
 
 視線をそいつからまた窓の外に向けた。
 
「朝っぱらからウゼえ」
 
 あくびをひとつ。
 
「自分のことは自分ですんだろ。松葉ならよ」
 
 言われても、相手は不安そうな顔で言う。
 
「けどよぉ、カオちゃん。相手は宇崎なんだぜ?」
 
 なんとか薫に助太刀させようと必死の様子。
 
「だぁかぁらぁ、ウゼえっつってんだろぉがぁ。俺ぁ、朝ぁ、ダメなんだよ」
 
 薫が心底ダルそうに言った時だった。
 薫の隣に座っていた生徒が、ガタンと席を立つ。
 
「じゃ、俺が行ってやるわ」
 
 瞬間、薫は、がったーんとイスを蹴り倒して立ち上がっていた。
 
「な、な、な、なんでコオくんが出てくんだよ!」
 
 コオくんと呼ばれた若狭公平わかさこうへいは、肩をちょこんとすくめてみせる。
 ちょっとわざとらしい。
 
「だって、お前、朝、ダメなんだろ?」
「そ、そりゃそうだけど……」
「このままだとウサギにマツが食われっちまいそうじゃん。な? 小梅コウメ?」
 
 公平のにこやかな顔と薫のムカつき度満点といった顔に、梅野正一郎うめのしょういちろうは頷いていいものやら明らかに困っている。
 
「じゃ、行くか。小梅、案内よろしく」
 
 歩き出そうとする公平の肩を薫が掴む。
 
「だめ」
「なにが?」
 
 公平は、あくまでも冷静かつにこやかだ。
 薫は唇を突き出し、むすくれた顔で、それでも、
「俺が行くから、コオくんは出んな」
 と、言った。
 
「お前ねぇ。そういうことばっかやってんと、俺がまるで弱々みたいに思われんじゃん」
「とにかくダメ。俺が行く」
 
 公平が肩をすくめる。
 実に、わざとらしい。
 
「了解。んじゃ、行ってきな。小梅、案内してやって」
 
 梅野は、本当にいいのかという顔で薫を見る。
 ビクビク顔の梅野を、ギラッとにらみつけながら薫は怒鳴った。
 
「行くぞ、小梅!!」
 
 不機嫌を、周り中の机にぶつけながら、薫が教室から出て行く。
 蹴り倒された机をよけて、梅野は薫を追いかける。
 
「ま、待ってくれよ、カオちゃーーーん!」
 
 ほかの同級生たちは、あまりこのやりとりに関心を寄せていない。
 それぞれが好き好きなことをしている。
 公平は二人を見送ってから、イスに腰をおろした。
 机の上には英語の教科書が開かれている。
 
「ウサギっちー、大丈夫かねぇ」
 
 小さく、笑った。
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