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薫の日常1
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私立音羽学院。
ここでは、小中高の一環教育に加え、その後の選択肢として大学と専門学校への道が用意されていた。
だが、音羽学院には二つの顔がある。
表の顔は、頭脳派、身体能力派の優れた者ばかりを集めたエリート集団。
表音羽の専門学校生には、在籍時から日本代表やオリンピック選手に選ばれる生徒も少なくない。
そして、そこまでではなくとも卒業後まず就職に困ることはないと言われていた。
それに対して裏音羽は親でも見離さずにはいられないような不良の巣窟だった。
ほとんどの生徒が中学の頃に放り込まれている。
以降、専門学校を卒業するまでの9年間、全寮制の生活が続くのだ。
裏音羽と呼ばれる「自由科」では、高校卒業後、専門課程を履修し、各分野での技能を身に着けられると謳われている。
一応、名目として工業・商業系の直接、手に職のつく授業が組まれているのだが、まともに授業を受ける生徒がいないのだから意味はなかった。
それでも「自由科」が存在する理由は、ふたつ。
金持ちの親にとっては、手に余る息子を捨てるためのゴミ箱。
学院側からすれば、食と住を与えておくだけで金の入ってくる貯金箱。
そういう両者の思惑が合致した結果、音羽学院は専門学校履修コースとして「裏音羽」を持つことになったのである。
大学進学を望む者には、一応、表音羽への編入試験が用意されてはいたが、受ける者などいなかった。
たいていの者が専門課程に進み、その修了とともに社会に出ていく。
仕事に就く就かないは別にしても。
表音羽とは違い、裏音羽に未来は関係ない。
今だけしかなく、そして、そこでは力だけが必要とされていた。
強い者だけがものを言える世界。
年齢も在校歴も重視されない。
グループのリーダーは、とにかく強いヤツ。
それが「裏音羽」なのだ。
現在、裏音羽には大小含めて十ほどのグループが存在している。
けして相容れない派閥のようなもので、お互いが険悪で始終、いざこざを起こしはするが、勢力争いにはならない。
喧嘩になれば、常にどちらかが勝ち、どちらかが負けるのだが、だからといって、勝ったほうに負けたほうが取り込まれることはなかった。
勝ったほうも負けたほうのグループを取り込む気などないからだ。
喧嘩になるのは勢力争いからではなく、もっとずっと単純な理由。
カラーが違う相手は目障り、ということ。
逆にグループ内は、類は友を呼ぶ的に自然と出来上がった集団で、仲間内でのごたごたは、ほとんどない。
気にいらなければグループを出ればいいのだし、誰もそれを止めたりはしないのだ。
将来は約束されていないが、思想の自由は約束されている。
その十集団中のリーダーの一人が結城薫だ。
比較的、大きな集団で中学生から専門学校生まで年齢層も様々。
ちなみに薫は今、専門課程2年目の19歳だが、17の頃にはすでにリーダーだった。
リーダーになるつもりもなかったのだが、ただ目障りな連中を叩きのめしているうち、自然とリーダーのような存在になってしまっていた。
薫はそれがあまり嬉しくない。
今朝のように、朝から喧嘩に担ぎ出されるなどまっぴらだった。
ちらっと横目で自分の隣に座って、英語の教科書を見ている若狭公平を見る。
真っ黒な烏の羽のような色をした艶のあるざんぎりとした髪。
細いくせにくっきりとした眉。
細くて、なのにちょっぴり垂れた目。
華奢に見える体つきをしているけれど、身長は自分とたいして変わらず、百八十近くはある。
六月も半ばを過ぎてから、公平たちは半袖の夏服に衣替えていた。
袖口から見える腕は鍛えられているのが一目でわかる。
けして、ひ弱で軟弱そうには見えない。
なのに……と薫は思う。
どうしてこんなに「キレイ」だと思ってしまうのか。
薫は中学の頃から裏音羽に放り込まれているが、公平とは高校の終わりに入ってから知り合った。
どういうわけか公平は表音羽から裏音羽に編入してきたのである。
その理由を、いまだに薫は聞けていない。
なんだか聞いてはいけない気がしていたし、なにより理由などどうでも良かった。
今ここにこうして公平がいて、自分の隣にいてくれればそれで良かったのだ。
「なに見てんだよ?」
教科書から視線を外すこともなく、公平がそう言った。
薫は机に頬をぺたっとくっつけ、今度はじいっと公平を見つめる。
「どうせバレてんなら、もっとじっくり見てやる」
「俺は、俺を見てる理由を聞いてんだぜ?」
「コオくんの顔、キレイだから見惚れてんの」
「ばかじゃん、お前。男にキレイってのは褒め言葉になってねぇって、いつも言ってんだろ」
そう。
薫はたびたび公平に向かって「キレイ」と言ってしまう。
本当に、なぜかそう思ってしまうのだからしかたがない。
思ったことは言ってしまう。
それが薫というヤツなのだ。
ウソをついたり隠したりするのが嫌いというよりも、することさえ考えつかない。
バカと言えばバカ。
正直と言えば正直。
いずれにしても、公平からはいつも呆れられているので、得をしていないのは確かだった。
ここでは、小中高の一環教育に加え、その後の選択肢として大学と専門学校への道が用意されていた。
だが、音羽学院には二つの顔がある。
表の顔は、頭脳派、身体能力派の優れた者ばかりを集めたエリート集団。
表音羽の専門学校生には、在籍時から日本代表やオリンピック選手に選ばれる生徒も少なくない。
そして、そこまでではなくとも卒業後まず就職に困ることはないと言われていた。
それに対して裏音羽は親でも見離さずにはいられないような不良の巣窟だった。
ほとんどの生徒が中学の頃に放り込まれている。
以降、専門学校を卒業するまでの9年間、全寮制の生活が続くのだ。
裏音羽と呼ばれる「自由科」では、高校卒業後、専門課程を履修し、各分野での技能を身に着けられると謳われている。
一応、名目として工業・商業系の直接、手に職のつく授業が組まれているのだが、まともに授業を受ける生徒がいないのだから意味はなかった。
それでも「自由科」が存在する理由は、ふたつ。
金持ちの親にとっては、手に余る息子を捨てるためのゴミ箱。
学院側からすれば、食と住を与えておくだけで金の入ってくる貯金箱。
そういう両者の思惑が合致した結果、音羽学院は専門学校履修コースとして「裏音羽」を持つことになったのである。
大学進学を望む者には、一応、表音羽への編入試験が用意されてはいたが、受ける者などいなかった。
たいていの者が専門課程に進み、その修了とともに社会に出ていく。
仕事に就く就かないは別にしても。
表音羽とは違い、裏音羽に未来は関係ない。
今だけしかなく、そして、そこでは力だけが必要とされていた。
強い者だけがものを言える世界。
年齢も在校歴も重視されない。
グループのリーダーは、とにかく強いヤツ。
それが「裏音羽」なのだ。
現在、裏音羽には大小含めて十ほどのグループが存在している。
けして相容れない派閥のようなもので、お互いが険悪で始終、いざこざを起こしはするが、勢力争いにはならない。
喧嘩になれば、常にどちらかが勝ち、どちらかが負けるのだが、だからといって、勝ったほうに負けたほうが取り込まれることはなかった。
勝ったほうも負けたほうのグループを取り込む気などないからだ。
喧嘩になるのは勢力争いからではなく、もっとずっと単純な理由。
カラーが違う相手は目障り、ということ。
逆にグループ内は、類は友を呼ぶ的に自然と出来上がった集団で、仲間内でのごたごたは、ほとんどない。
気にいらなければグループを出ればいいのだし、誰もそれを止めたりはしないのだ。
将来は約束されていないが、思想の自由は約束されている。
その十集団中のリーダーの一人が結城薫だ。
比較的、大きな集団で中学生から専門学校生まで年齢層も様々。
ちなみに薫は今、専門課程2年目の19歳だが、17の頃にはすでにリーダーだった。
リーダーになるつもりもなかったのだが、ただ目障りな連中を叩きのめしているうち、自然とリーダーのような存在になってしまっていた。
薫はそれがあまり嬉しくない。
今朝のように、朝から喧嘩に担ぎ出されるなどまっぴらだった。
ちらっと横目で自分の隣に座って、英語の教科書を見ている若狭公平を見る。
真っ黒な烏の羽のような色をした艶のあるざんぎりとした髪。
細いくせにくっきりとした眉。
細くて、なのにちょっぴり垂れた目。
華奢に見える体つきをしているけれど、身長は自分とたいして変わらず、百八十近くはある。
六月も半ばを過ぎてから、公平たちは半袖の夏服に衣替えていた。
袖口から見える腕は鍛えられているのが一目でわかる。
けして、ひ弱で軟弱そうには見えない。
なのに……と薫は思う。
どうしてこんなに「キレイ」だと思ってしまうのか。
薫は中学の頃から裏音羽に放り込まれているが、公平とは高校の終わりに入ってから知り合った。
どういうわけか公平は表音羽から裏音羽に編入してきたのである。
その理由を、いまだに薫は聞けていない。
なんだか聞いてはいけない気がしていたし、なにより理由などどうでも良かった。
今ここにこうして公平がいて、自分の隣にいてくれればそれで良かったのだ。
「なに見てんだよ?」
教科書から視線を外すこともなく、公平がそう言った。
薫は机に頬をぺたっとくっつけ、今度はじいっと公平を見つめる。
「どうせバレてんなら、もっとじっくり見てやる」
「俺は、俺を見てる理由を聞いてんだぜ?」
「コオくんの顔、キレイだから見惚れてんの」
「ばかじゃん、お前。男にキレイってのは褒め言葉になってねぇって、いつも言ってんだろ」
そう。
薫はたびたび公平に向かって「キレイ」と言ってしまう。
本当に、なぜかそう思ってしまうのだからしかたがない。
思ったことは言ってしまう。
それが薫というヤツなのだ。
ウソをついたり隠したりするのが嫌いというよりも、することさえ考えつかない。
バカと言えばバカ。
正直と言えば正直。
いずれにしても、公平からはいつも呆れられているので、得をしていないのは確かだった。
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