保護猫subは愛されたい

あうる

文字の大きさ
57 / 67

番外4 にゃんにゃんにゃん

しおりを挟む
なんというか、野生動物が獲物を捕まえた瞬間を目撃してしまったような気がする。

「猛禽類に攫われる野ネズミのようだったな」

プッ!
「ふふ…、確かに可愛らしい方でしたね」

失礼な話だが、その光景が目に浮かぶようだと晶が笑いながら相槌を打つ。 
酔っていたせいもあるとは思うが、なんというかこう、ちょこまか動く感じが小動物めいていて。
晶ですら庇護欲をそそられると思うのだから、その筋の性癖持ちにはたまらなく魅力的な存在だろう。
ひらひらとした上着をはためかせ、榎本の胸に飛び込むその様子はまさに、飛んで火に入る夏の虫ならぬ、酔って捕まるフクロモモンガ。

しかも、彼女を抱え込んでいた時の榎本のあの満足そうな顔といったら。
胸に抱き込んだ彼女の髪を指に絡め取り、密かに口づけした、あの倒錯的な微笑み。
水を得た魚さながらの活き活きした姿を見せられては、もう。
 
「逃げられそうにありませんでしたね」
「まぁ、無理だろうな」

あれも一種の運命の出会い。
些か一方的なものではあるが、一目惚れには違いない。

榎本の最後の問いかけは、なけなしの理性の果たした最後の仕事だったのかもしれないが、結局本能には勝てなかった。

雄吾からの答えを待つでもなく、ジタバタと暴れる小動物をしっかり抱え込んだまま、「ーーじゃ、これお土産だから」とポケットから取り出した二本の缶コーヒーを雄吾に押し付け、後はもう完全なる厄介払い。
「え?ん?あの?」と小さく声をあげ助けを求めていた彼女には悪いが、空気を読んでさっさと店を出る以外、他になんの選択肢があっただろう。

厄介極まりない相手に捕まってしまった彼女には気の毒な話だが、榎本の腕の中で真っ赤になっていたあの顔を見るに、そう悪い結果にはならないようにも思えるのが不思議だ。
後は彼女に他の想い人が存在しないことを祈るのみだがーー。

「なべて世は事もなし、だな。
なぜ若い娘が昼間からあんな状態だったのかは分からないが、少なくとも店に足を踏み入れたのは自らの意志。ならばその行動に責任をとるべきだろう」

原因がなければ結果は生まれない。
大人だと言うのだから、後は本人達にまかせればいい。
あっさり彼らへの興味を失った雄吾は、そんなことはどうでもいいと、晶の手を握り、見慣れぬ道を晶に合わせゆっくりと歩く。
普通ならばsubである晶が雄吾に合わせるのが当然だが、雄吾はそれを良しとしない。
ベッドの中でしか猫を啼かせることがない、根っからの愛猫家なのだ。
飲食店が立ち並ぶ昼過ぎの路地は、色々な匂いが入り混じり、まるでちょっとした海外旅行にでも来たような気分にさせる。
スパイシーなカレーの匂いや、燻した煙の焼鳥の匂い。
晶が本物の猫なら、今頃機嫌よく尻尾を振り回していたことだろう。

「たまにはもう少し歩いてみようか」
「はい、雄吾さん」

晶が散策を楽しんでいるのに気がついたのだろう。
雄吾は来た道を少し逸れ、雑貨店などが居並ぶエリアへそのまま足を運んだ。 
平日とはいえ買い物を楽しむ若者も多く、その中では浮いてしまうかと一瞬躊躇ったものの、すぐ目と鼻の先で、首輪をつけたsubらしき女性が、パートナーのdomらしき女性と腕を組んで楽しそうに何かを話している姿を見つけ、今更人の目など気にすることもないかと思い直す。

「晶、気になる場所があったら教えて欲しい。私はこういう場所は不慣れでね」
「私も同じですよ、雄吾さん。
私達のような年齢になると、こういう雰囲気は少し落ち着きませんね」

小洒落た、写真映えする場所だ。

「だが晶は少なくとも私よりはまだ若いだろう。気になる店も有るんじゃないか?折角の機会だ。私のことは気にせず晶の好きなものを教えてくれ」
「ーーー好きなもの、ですか」

そう言われると困ってしまう。
欲しい物など今はもう何もない。

「装飾品はどうだい?」
「雄吾さんから頂いたもの以外、興味はありませんね」
「晶の年齢ならそれなりの腕時計をーーといいたいところだが…」

残念ながら、そこはすでに埋まってしまっている。
そもそも晶は雄吾の猫。
一般的なステータスなどなんの興味もない事は、雄吾自身が誰よりも良く知っている。

「……何でもかんでも買い与えたくなるのは歳をとった証拠かな。
そんなものはなくとも晶が私の側を離れないのは、十分承知しているのだけどね」
「そのお気持ちだけで十分です。そもそも私達の年齢差なんて微々たるものだと思いますが」

特に今回のような場合はどんぐりの背比べ。

「ーー彼らからすれば大差ないかと」

ちらりと道行く10代~20代の若者に視線を向ければ、「なる程、それもそうか」と含み笑う声。

「しかし同じものを見て同じ場所にいるのに、人によって見ているものが全く違うのは面白いな」

特に今の若者は基本的に自分達だけ完結し、周囲に視線を向けることもない。
同じ方向を向くものが集まり、群れたかと思えばすぐに物別れし、また別の集まりを作る。 
「多様性」の一言で全てを許容する現代人らしい寛容さはあるが、それがマイノリティにとって優しい世界かと言えばそれはまた別だろう。
法でその権利を認められたsubやdomとは違い、単なる「性癖」としてしか扱われない榎本のような特殊嗜好もった人間にとっては尚更。

「少なくとも私は、これから先もずっと晶と同じものを見ていたいと思うが。……差し当たっては、そうだな」
「?」

雄吾が道の少し先を指差す。
そこには何組もの人々が立ち止まる場所があった。
道に面する側が全てガラス張りになっており、そこを皆がこぞって覗き込んでいるように見える。
中にはスマホで室内を撮影している若者もいるようだ。

「雄吾さん?あの店がどうか………」
「少し、いつもと違う晶の姿が見たくなってね。ーー行こう」
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

守り守られ

ほたる
BL
主治医 望月診療所の双子医師 患者 瀬咲朔 腸疾患・排泄障害・下肢不自由 看護師 ベテラン山添さん 準主人公 成海真幌 腸疾患・排泄障害・てんかん 木島 尚久 真幌の恋人同棲中

おすすめのマッサージ屋を紹介したら後輩の様子がおかしい件

ひきこ
BL
名ばかり管理職で疲労困憊の山口は、偶然見つけたマッサージ店で、長年諦めていたどうやっても改善しない体調不良が改善した。 せっかくなので後輩を連れて行ったらどうやら様子がおかしくて、もう行くなって言ってくる。 クールだったはずがいつのまにか世話焼いてしまう年下敬語後輩Dom × (自分が世話を焼いてるつもりの)脳筋系天然先輩Sub がわちゃわちゃする話。 『加減を知らない初心者Domがグイグイ懐いてくる』と同じ世界で地続きのお話です。 (全く別の話なのでどちらも単体で読んでいただけます) https://www.alphapolis.co.jp/novel/21582922/922916390 サブタイトルに◆がついているものは後輩視点です。 同人誌版と同じ表紙に差し替えました。 表紙イラスト:浴槽つぼカルビ様(X@shabuuma11 )ありがとうございます!

相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~

柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】 人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。 その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。 完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。 ところがある日。 篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。 「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」 一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。 いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。 合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

処理中です...