たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
18 / 237
第1章 幼馴染編

17、なに勝手なことしてんの?(2)

しおりを挟む

ーーたっくん!

 予期せぬたっくんの出現に驚いて声を出しそうになったけれど、たっくんが口元でシッと人差し指を立てたのを見て、グッと思いとどまった。

「(こっち…… ) 」

 たっくんに手を引かれ、黙ってついて行くと、たっくんはゆっくり玄関を出て、隣の自分のアパートへと入って行く。

 人気ひとけのない玄関の灯りをつけて、ようやく大きく深呼吸する。


「たっくん……どうして…… 」

「どうしてって、こっちのセリフだよ! なに勝手なことしてんの? どこに行こうとしてたの? ミルクのとこ? 保育園? どっち?! 」

「保育園…… 」
「そうだと思った。小夏のことだから、ココアたちが心配になったんだろ」

 私がコクリと頷くと、たっくんはハア~ッとあきれたように溜息ためいきをつき、「俺も一緒に行ってやる」と言った。

「えっ、たっくんも来てくれるの? いいの? 」

「仕方ないじゃん。放っといたらお前は勝手に行っちゃうだろうし、こんな夜に1人だけで行かせるわけにいかないし……俺だって2匹のことが心配だしな」

 そう言いながらたっくんは自分の部屋でパジャマから着替えてきて、私には紺色の半袖パーカーを貸してくれた。
 私はそれをパジャマの上から羽織ると、懐中電灯を持ったたっくんと手をつないで、片道10分の保育園へと向かった。

 時計の針は夜中の1時を過ぎていた。


 細い道を右側に曲がって24時間営業のコンビニを過ぎると途端に薄暗くなって、道端の街灯がぼんやり周囲を照らしていた。

 通い慣れているはずの道なのに、夜中の道路はひっそりとしていて不気味で、木の葉の揺れる音や、姿の見えない虫の羽音はおとが聞こえるたびにビクッと肩がふるえる。

 だけどさっきまでは、無謀むぼうにもたった1人で飛び出そうとしていたのだ。
 怖くないといえば嘘になるけれど、たっくんの手を握っていれば大丈夫だと思えた。



 鶴ヶ丘保育園の入り口は、鉄製の立派な門扉もんぴがあって、暗証番号を押さなければ開かないようになっている。

 そこから2方向に伸びているコンクリート塀は高くて頑丈で、一見すると鉄壁てっぺきの守りのように見えるけれど、実は簡単な抜け道があることを、園の関係者ならみんな知っていた。

 保育園の敷地を囲むコンクリート塀があるのは門から続く2面だけで、裏側の2面は、大人の胸の辺りまでの高さの金網かなあみになっているのだ。

 だからたっくんと私は当然のように裏側に回って、まずはたっくんが先に金網に足を掛けてまたいで、次いで私がたっくんに腕を引っ張られながら、ヨイショと金網を乗り越えた。

 保育園の周囲にはいくつか防犯灯ぼうはんとうともっていたけれど、園庭の方は真っ暗で、いつオバケが出てきてもおかしくない雰囲気だ。
 私はたっくんの背中に隠れるようにして、 洋服をギュッと掴んで足元ばかりを見ていた。

 たっくんが立ち止まったので顔を上げると、懐中電灯で照らされた先に、うさぎ小屋があった。

 懐かしさでホッとして、たっくんと並んで歩いていくと、小屋の扉に 暗証番号付きの南京錠が取り付けられているのが見えた。

 ちゃんと防犯対策がされていることに安堵あんどしながら小屋を覗いたら、隅の方で丸っこくなってくっついている2匹がいた。
 耳をピクピクさせているので、突然の来訪者に警戒しているのだろう。

「ココア、チョコ、驚かせてごめんね。元気にしてた? ミルクがいなくて寂しい? 」

 久しぶりに会えたのが嬉しくて、ついつい声が大きくなった。

「シッ! 小夏、声がデカい。2匹が元気なのを見れて安心しただろ? 早苗さんが起きる前に急いで帰ろう」
「…… うん」

 2匹は元気だったし、扉には南京錠もついていた。これでもう大丈夫だ。

ーーミルクだってきっともうすぐ帰ってくるよね……。

 そう思いながら立ち上がったら、どこからかキコキコと自転車をぐような音が聞こえてきて、心臓がドキンと跳ねた。

「(たっくん……誰か来る! ) 」
「(小夏、こっちだ…… ) 」

 うさぎ小屋から少し離れた斜め横にある植え込みに駆け込むと、その後ろに身を潜め、耳を澄ませる。

 もしかしたら、おまわりさんが見廻みまわりに来ているのかも知れない。
 見つかったら叱られる。

 夜の静寂せいじゃくのなか、自転車の音は徐々に近づいてきて、キッと止まった。

 ガチャンとスタンドを立てる音。
 思いのほか近い。

 続いてガシャンという音、そしてストンと地面に降りる足音。

 それはさっき私とたっくんが金網を越えた時の音と同じで……。

ーー 誰かが園庭に入ってきた!

 私はヒッと腰を抜かしそうになり、たっくんの背中にしがみついた。
 一瞬で全身が金縛かなしばりにあったみたいに固まり、だけど手足だけは異様に震えだす。

 植え込みの隙間からチラチラと射し込む懐中電灯の灯り。

 足音は光とともに近づいてきて、どこかで止まったと思ったら、急にガシャンと音がした。

ーー うさぎ小屋!

 足音の主は、うさぎ小屋の南京錠に気付いたようで、2度3度と扉を揺らしたあとで、あきらめたように去って行った。


 遠ざかる足音を聞いて、地面にペタリとお尻をついた。
 ハア……と息を吐いて、たっくんにしがみついていた手を緩める。

「(ビックリしたね) 」
「(シッ! だまって!) 」

「(……えっ? ) 」

 たっくんにするどい声音で言われて口をつぐむと、耳に届いてきたのは、さっき聞いた、ガシャン! ストッという金網を越える音。
 そして再び近づいてくる足音。

ーー うそっ! 戻ってきた!

 懐中電灯の灯りがまたチラチラと辺りを照らす。

 ガチャッ、ガチャン……ガシャッ

 音だけでは何をしているかが分からない。
 だけど、小屋の辺りで何かをしていることだけは分かる。

 恐怖で動けずにいる私と違って、たっくんは勇敢ゆうかんだった。

 地面に手をつくと四つん這いになって、植え込みの陰から少しだけ顔を出して、向こうを覗き込んだ……と同時に、

「何してんだよっ! 」

 大声を出したと思ったら、すぐに植え込みの陰から飛び出して、もの凄い勢いでうさぎ小屋に向かってけ出して行った。
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

ヤクザに医官はおりません

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした 会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。 シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。 無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。 反社会組織の集まりか! ヤ◯ザに見初められたら逃げられない? 勘違いから始まる異文化交流のお話です。 ※もちろんフィクションです。 小説家になろう、カクヨムに投稿しています。

明日のために、昨日にサヨナラ(goodbye,hello)

松丹子
恋愛
スパダリな父、優しい長兄、愛想のいい次兄、チャラい従兄に囲まれて、男に抱く理想が高くなってしまった女子高生、橘礼奈。 平凡な自分に見合うフツーな高校生活をエンジョイしようと…思っているはずなのに、幼い頃から抱いていた淡い想いを自覚せざるを得なくなり…… 恋愛、家族愛、友情、部活に進路…… 緩やかでほんのり甘い青春模様。 *関連作品は下記の通りです。単体でお読みいただけるようにしているつもりです(が、ひたすらキャラクターが多いのであまりオススメできません…) ★展開の都合上、礼奈の誕生日は親世代の作品と齟齬があります。一種のパラレルワールドとしてご了承いただければ幸いです。 *関連作品 『神崎くんは残念なイケメン』(香子視点) 『モテ男とデキ女の奥手な恋』(政人視点)  上記二作を読めばキャラクターは押さえられると思います。 (以降、時系列順『物狂ほしや色と情』、『期待ハズレな吉田さん、自由人な前田くん』、『さくやこの』、『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい』、『色ハくれなゐ 情ハ愛』、『初恋旅行に出かけます』)

処理中です...