たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

第2章 再会編

6、一緒にメシ食わね？

「小夏、一緒にメシ食わね？ 」
「はぁ？！」

　高校生活初はじめてのランチタイム。

　千代美と清香と3人で机をくっつけてお弁当を広げていたら、たっくんがパンを持って現れた。

「……一緒にメシ食わねえです」

　丁重ていちょうにお断りしたのに、たっくんはフンと鼻で笑って、空いている机を勝手に運んできて、ガタガタと私の机の隣にくっつけた。

　なんたる強引ごういんさ！

「あなたの教室は隣じゃないんですか？ 」
「隣だから、こうして貴重な休み時間にせっせと会いに来るんだろ」

ーーダメだ、この人。会話が噛み合ってない。

　私が救いを求めるように千代美と清香に視線を移すと、2人は「あっ、どうぞ」と手のひらで私の隣を指し示す。

「えっ、ちょっと2人とも！」
「小夏、わざわざ来てくれたのに無碍むげにするのも何だしさ……ちゃんと話をしなよ」
「千代美！」

「やった！お邪魔しま～す」

　ここで言い合いをしていても余計に注目を浴びるだけなので、とりあえず今回は黙って受け流すことにして、黙々と食事を開始した。


「おっ、卵焼き！1個もらっていい？ 」

　たっくんが私のお弁当箱を覗き込んで、黄色い卵焼きをジッと見つめている。

「えっ？ あっ……どうぞ」

　少しだけ彼の方にお弁当箱をずらしてあげたら、「やった！」と1個だけヒョイっとつまんで口に放り込んだ。

「…………。 」

ーーえっ、無言？！ 味付けミスった？

　自分で味見をしようと箸を持った時、隣から小さな声で何か言うのが聞こえた。

「……の……だ」
「えっ？ 」

「懐かしいな……早苗さんの味だ…… 」

　ハッとして横を見ると、たっくんが目を細めて、フワッと柔らかく微笑んでいた。

　その優しい表情は、確かにたっくんが昔よく浮かべていたそれで、私の記憶は一瞬にして小学生の幼いあの時に巻き戻される。


　朝が弱い穂華さんに代わって、遠足や運動会の日のお弁当は、いつも母が作ってくれていた。

『私はねぇ、卵焼きと唐揚げがいいなぁ』
『俺はタコさんウインナーとウサギのリンゴ！ 』

　私とたっくんのおかずの希望をニコニコしながら聞いていた母は、『そんなに色々は無理よ』と言いながら、それでもイベントの当日には、私たちが勝手気ままに希望したそのおかずをギッシリ詰め込んだお弁当を持たせてくれたのだった。

ーーあの頃は母と穂華さんもまだ仲が良くて、たっくんはうさぎリンゴが大好きで……。

　まぶたの裏がジワッと熱くなる。


「……なつ？ ……小夏、大丈夫か？ 」

　思考がすっかり過去のあの頃に飛んでいた私は、たっくんによって現実に引き戻された。

「えっ？ ……ああ……たっくん、卵焼き美味しかった？ 」
「ああ、めちゃくちゃ美味しかった！ 早苗さんの味、変わってないのな」

「ふふっ、それね、私が作ったんだよ」
「えっ、小夏が？ 嘘だろ、お前、料理なんか出来なかったじゃん」

「たっくん、私はもうあの頃の小さな小夏じゃないんだよ。6年間の間に料理を覚えたし、三つ編みだって自分でできるようになった」

　私のその言葉にたっくんは少し寂しそうな目をして、私の髪に手を伸ばしてきた。

「そっか、これは自分で……」
「そう、自分で」

「それでも……お前は変わってないよ」
「あっ……えっ？！ 」

　片方のおさげを手に取って、親指で愛おしそうにスリスリと撫なでる。
　懐かしいその仕草に、私は触れられたところから全身に熱が伝わっていくのを感じた。

「お前は変わらないでよ……小夏」

　指で触れていたそこに唇を寄せながら見上げてきた瞳は、どこまでも真っ黒で、ゾクゾクするほど色っぽい。

ーーたっくん……。

　
　ずっと心の真ん中に居座っていて、心の棘とげとなって私を苦しめていた存在。

　その反面、会いたくて会いたくて仕方なくて、彼が夢に現れた日は切なくて苦しくて、夜中に何度も枕を濡ぬらした。

　だから図書館で彼がたっくんだと分かった時には嬉しかったし感動したけれど……驚くことに、今の私が彼に向ける感情には、以前感じたような恋慕だとか胸の痛みというものが無いように思う。

　今もこうして髪に触れられていてドキドキしているけれど、それはあくまで『異性に触れられた』緊張感や戸惑いという世間一般的な感情であって、初恋のトキメキとは別物なんだろう。


　6年間ずっと温めてきた想いは、あの恋い焦がれた熱い気持ちは、思い出の中のたっくんにしか向けられていなかったのか……私のたっくんへの気持ちはそんな簡単に変わってしまうものだったのか……。

　たっくんにぶつけるはずだった想いは、急に行き場をなくして、プカプカと宙ちゅうに浮いてしまったようだった。