83 / 237
第2章 再会編
32、いいよ、ヤる?
しおりを挟む「あの……紗良さん、待ってください! 」
今まさに校門を出て左折しようとしている紗良さんをグラウンドの真ん中から呼び止めると、彼女は怪訝そうな顔をして、それでも足を止めてくれた。
「私、あなたに名前を呼ばれる謂れはないんだけど」
全速力で走り寄って、ハアハア息を切らしながら膝に両手をついている私を見下ろしながら、不機嫌そうに腕を組む。
「すいません……私……ハァ……下の名前しか…… たっくんが、紗良って呼んでたから…… 」
そう言いながら、漸く息を整えて体を起こしたら、『たっくん』と言う単語に反応した苦々しい顔があった。
「あの……すいません、紗良さんの苗字を教えてもらってもいいですか? 」
「えっ、なに? 」
「下の名前が嫌なら、苗字で呼ぶようにするので…… 」
紗良さんは組んでいた腕を解くと、ハァ……と溜息をついて、諦めたように言った。
「もう、いいわよ」
「えっ? 」
「私の名前は宮園紗良。だけど苗字でも下の名前でもどっちでもいいわよ。どうせどっちで呼ばれても不快なことには変わりないんだから」
ーー不快……。
そう言われて少し怯んだけれど、嫌われているのは承知の上だ。
むしろ今こうして話をしてくれているだけでも、ありがたいくらいなんだから。
「それじゃあ、紗良さん……たっくん……和倉くんのバイト先を教えてもらえないでしょうか」
「えっ? あなた……彼女のくせに拓巳のバイト先も知らないの? 」
そう言われて胸がズキンと傷んだけれど、本当のことだから仕方ない。
「はい……教えてもらってないので」
「そう……あなたには綺麗なところしか見せたくないってわけね。おままごとみたい」
目を細めてクスッと笑った。
ーーおままごと……。
「……そんなに変ですか? これから知っていくんじゃダメですか? 」
「これからって…… 」
紗良さんは少し考えてから、愉快そうに口を開いた。
「ねえ、あなた、拓巳の写真を見たでしょ? 」
「写真? 」
下駄箱に入っていた5枚の生々しい写真の画像が頭に浮かんだ。
ーーそれじゃあ、やっぱりこの人が……。
私のその考えを読んだように、紗良さんが首を横に振る。
「ああ、やったのは私じゃないわよ。その前の嫌がらせも。私はそんな惨めなことはしないわ」
「それじゃあ…… 」
「私はただ、やるって言うのを止めなかっただけ。犯人はあなたと同じ学年の子だけど、名前は言わないわよ。彼女がやらなくたって、どうせ他の誰かが同じような事をしただろうから」
「……そうですか」
「それであなた、あの写真を見て、どう思った? 」
「どうって……嫌だと思いました。付き合ってもいないのに、あんなこと…… 」
紗良さんは眉を動かして、皮肉げに口の端を上げる。
「あんなことでもね、私たちが拓巳と繋がれる唯一の手段だったの。『ホテルに行こうよ』って誘うと、『いいよ、 ヤる? 』って。簡単でしょ? 」
「…………。 」
「軽蔑した? でもね、私はそれでも構わないって思ってた。その中でも私は一番近くに置いてもらってると思ってたし、実際、他の子たちよりも私を優先させてくれてたの。私が呼べば会いに来てくれたし、悩みも聞いてくれた……あなたが現れるまではね」
憎々しげに言われて、 言葉を失った。
たっくんは彼女たちに恋愛感情を持ったことが無いと言ったけれど、紗良さんにだけは、恋愛では無いにせよ、特別な感情を持っていたのかも知れない。
聞きたくなかった……なんだか胸が重くて息が苦しい。
だけど、これは私が知らなくてはならない事なんだ。
たっくんは絵本の中の王子様ではなくて、16歳の『和倉拓巳』という生身の男の子なのだから。
私はグッと歯を食いしばって、紗良さんの言葉に耳を傾けた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる