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第3章 過去編 side 拓巳
24、 招かれざる客
しおりを挟む横須賀の母さんの実家は、周囲をグルリと低い石垣で囲まれた広い敷地内にある大きな屋敷で、その立派な造りを見たら、『地元の建設会社の箱入り娘だった』と言っていた母親の言葉が、あながち嘘では無いように思えた。
俺たちが屋敷の前に着いたのは午前11時頃で、母さんは少し躊躇してから、土埃の舞う舗装されていない敷地に足を踏み入れた。
真っ黒い瓦が威圧感を感じさせる屋敷の前で、母さんはスウッと一呼吸してからドアホンの黒いボタンを押した。
『はい、どちら様ですか? 』
しばらくしてインターホンから聞こえてきたのは、明らかにお祖母さんでは無い女性の声。
「……穂華です。長女の穂華です」
母がそう告げると、機械の向こう側で相手が息を呑むのが分かった。
数秒の沈黙の後に、『ちょっとお待ち下さい』と返事があり、すぐに内側でパタパタと廊下を歩いてくる音がした。
ガラッと玄関の引き戸が開いて出てきたのは、30代くらいの女性。
ちょっとふっくらしていて、肩までの髪にゆるいパーマがかかっている。
細くて吊り上がった目から、ちょっと怖そうな印象を受けた。
その人は玄関の引き戸に手をついたまま、母さんと俺を交互に見ると、わざとらしく目を見開いて、「あらまあ! 」と大声を出した。
「穂華さん、あなた……どうして今頃ここに来たの? 」
その時点で凄く嫌な予感がした。
この人は明らかに母さんを知ってる身内の人なのに、『お帰り』でも『久しぶり』でも無く、『どうしてここに来たの?』と聞いたんだ……。
『歓迎していない』意志をあからさまに示されて、母さんと俺が黙りこくっていると、その人は目の前でどこかに電話をかけ始めた。
「ああ、お義母さん、ちょっと来てもらえます? 今すぐですよ! ここに穂華さんが来てるのよ!…… 本当に! 今すぐこっちに来て下さいよ、早くね! 」
彼女は電話を切ると大きく『ふ~っ』と溜息をついて、もう一度、俺と母さんをじっくり観察した。
「本当にねぇ~、ビックリしたわ。何年振りかしらねえ? お義父さんの葬式にも帰って来なかったのに、一体どうしたの? 」
「えっ? ……父が亡くなった? 洋子さん、それは本当なの? 」
母さんが愕然とした表情をすると、洋子さんという人は、「あらまあ!」とまた大声を出して、大袈裟に肩をすくめてみせた。
「ごめんなさいね~、あなたの居場所が分からなかったものだから、敏夫さんも連絡の取りようが無かったのよ。お義父さんは5年前に心筋梗塞であっという間に逝っちゃってね。 まあ、いろいろ心労も重なってたんだろうけど…… 」
そう言いながら母さんの顔をチロッと見た。
「穂華っ! 」
急に後ろから声がして振り向いたら、そこには白髪混じりのおばあさんが立っていた。
母さんとよく似た目元を見て、すぐに分かった。
ーーあっ、この人は母さんの母親……俺のお祖母ちゃんだ。
「お母さん……ただいま」
「穂華……あなたは今まで一体どこに…… 」
お祖母ちゃんはそう言いながら近付いてくると、母さんを抱きしめて、「よく帰ってきたね……」と声を震わせた。
母さんも「ごめんなさい」と言いながら、お祖母ちゃんの背中に手を回し、静かに涙を流した。
やっと歓迎してくれる人に会えて、俺は漸く緊張がほぐれるような気がした。
「お母さん、こっちに私のことを尋ねる電話とか無かった? 」
「……いいえ、何も。何かあったの? 」
母さんはお祖母ちゃんの返事を聞くとホッと胸を撫で下ろし、やっと今日一番の笑顔を見せた。
「お母さん、しばらくの間、この家にいさせてもらってもいい? 拓巳をこっちの小学校にも通わせてあげたい。私の部屋はそのままになってる? 」
「穂華、それは…… 」
さっきまで笑顔だったお祖母ちゃんが、急に顔を曇らせて口ごもる。
そこに洋子さんが口を挟んできた。
「穂華さん、悪いんだけど、今はこの母屋には私たちが住んでるのよ。お義母さんには私たちが住んでた離れに移ってもらったの。穂華さんが使ってた部屋は子供部屋になってるし、悪いんだけど、離れの方に行ってもらえる? 」
「えっ…… 」
母さんが唖然としてお祖母ちゃんの顔を見ると、お祖母ちゃんが申し訳なさそうに黙って頷いた。
「さっき敏夫さんにも連絡しておいたから、もうすぐ帰って来ると思うわ。とりあえず離れに行っててもらえます? それじゃあ」
ガラリと閉まる引き戸の向こう側に、松の木か何かの立派な切り株の置物がある三和土と、ニスの光るツヤツヤした廊下が見えた。
「母さん……離れって…… 」
玄関前に取り残された母さんが不満げな顔を見せると、お祖母ちゃんは悲しそうな顔をして、「穂華、ごめんね」と言った。
「おじいさんが亡くなって、私1人にあの家は広すぎるから代わってもらえないか……って洋子さんに言われてね。敏夫たちには息子が2人いるし、会社のお客様を迎えるのにも母屋の方が都合がいいから、私が離れに移ったの」
「……そう、仕方ないわね」
母さんが目を伏せた。
「とにかく、荷物を運びましょうか。さあ、拓巳くん、お祖母ちゃんがランドセルを持ってあげましょうかね」
笑顔を向けられて、黒いランドセルをそっと差し出した。
「あの……お祖母ちゃん、ありがとう」
『お祖母ちゃん』と呼べたのが嬉しくて、胸が熱くなる。
自分にも小夏みたいに『お祖母ちゃん』と呼べる人がいた……。
お母さん以外の身内がいたんだ……。
久し振りに優しくしてくれる大人に出会えて、嬉しくて泣きたいような気持ちになった。
3人で離れに向かって歩き出した時、後ろから人が来る気配がして、一斉に足を止めた。
「穂華! お前はっ ! 」
野太い大声がしたかと思うと、振り向きざまに母さんが頬を平手打ちされ、地面へと倒れ込んだ。
「敏夫っ! 」
お祖母ちゃんがそう言いながら母さんに駆け寄って、目の前では仁王立ちした男の人が顔を真っ赤にして睨みつけていた。
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