たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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第3章 過去編 side 拓巳

26、離れと母屋

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 お祖母ちゃんの住む離れは、2間続きの広い和室と6畳の主寝室、そしてLDKからなる、数寄屋すきや風の建物だった。

 後で知ったのだけど、この離れは元々、死んだ祖父が宿泊客用に建てた客間だったらしい。

 古くからの地主でもあった月島の本家であるこの家には、冠婚葬祭のたびに親戚連中が大集合する。
 その時に本宅だけでは手狭だと考え、客を泊まらせるために建てたのが、この『離れ』だった。

 竹垣で囲った中に箱庭を配し、和風の様式美をふんだんに取り入れた造りにしたのは、完全に祖父の趣味だったという。



 お婆ちゃんが玄関の引き戸をガラリと開けると、ほのかに線香の香りが漂ってきた。
 小夏のお祖母さんの家を思い出した。

「仏壇はこっちに置いてるの? 」

 母さんが聞くと、お祖母ちゃんは廊下からすぐの障子を開けて、和室の先を指差した。

「私が本宅からこっちに移る時に、お仏壇も動かしてもらったの。洋子さんじゃ管理出来ないだろうから…… 」

「でしょうね。高校時代から玉の輿狙いでお兄ちゃんに纏わり付いて、色仕掛けの末に『純潔を奪った責任を取れ』って家に押し掛けて、それでようやく妻の座をゲットした、雑で下品な女ですもんね」

「穂華! お願いだからそんな反抗的な物言いはやめて、敏夫たちと仲良くしてちょうだい! 」

「あっちが私を嫌ってるんでしょう? お母さんも、仏壇ごとこんな所に追いやられて、悔しくないの? どうせ洋子さんにいいようにされてるんでしょ」

 母さんはそう言いながら床の間に置かれた大きな仏壇に向かい、線香を立てて手を合わせた。
 俺も母さんを見習って、隣に正座して手を合わせる。
 顔を上げて横を見たら、母さんがまだ手を合わせていたから、俺も慌ててまた目を閉じた。
 かなり長い間そうしていたから、きっと母さんは、死に目にも会えなかった父親と、9年分の会話をしていたんだろう。

 俺たちは和室に荷物を置くと、隣のLDKへと移動した。

「中をリフォームしたの? 」

 母さんが部屋を見渡しながらそう言うと、お祖母ちゃんが気まずそうに「ええ」と頷いた。

「敏夫たちに子供が生まれた時に、掘りごたつは落下する危険があって危ないからって、床を塞いでフローリングにしたのよ」

「掘りごたつがおもむきがあって良かったのに」

 母さんは不満げに、かつて洋子さんたちが使っていたであろう茶色い革張りのソファーにドスッと腰掛けた。

 お婆ちゃんがキッチンで3人分のお茶を淹れて、お煎餅の入った菓子器と共に木製のローテーブルに置いてから、向かい側の2人掛けのカウチに座った。
 俺はキッチンのそばで黙って立っていたけれど、お祖母ちゃんに促されて、母さんの隣にギシッと音をさせて腰を沈めた。

「…… 穂華、今まで何年もどうしてたの? どうして急に……戻って来る気になったの? 」

 お祖母ちゃんが怖いものを見るような不安そうな表情でそう切り出すと、母さんは黙って湯呑みを両手で持ち、お茶を啜った。

「あれから……神奈川ん中でウロウロして、仕事して……最後は横浜に住んで……まあ、拓巳と2人で楽しくやってたわよ」

 母さんは俺と過ごしてきた9年間を、そんな短い言葉で、実に簡潔にお祖母ちゃんに説明してみせた。

 いろんな男と付き合って住所を転々としてたことや、皆川涼司とのこと。お世話になった隣人のことや、その親切な人に最後は面倒なことを丸投げして逃げてきたこと……。
 それらをひっくるめて丸ごと省いて、全部無かったことにして……。

ーーそうか、俺の生きてきた9年間って、そんなもんなんだ。

 そう考えたら、なんかバカらしくて笑えてきた。
 苦笑しながら目の前のお煎餅を手に取ってかじったら、想像以上にかたくてあごが痛くて……なんだか泣きたくなった。

 それから2人は、お祖父ちゃんが亡くなった時の状況や、これからの生活のこと、俺の通うことになる小学校のことなんかを延々と話していたけれど、柱の鳩時計がポッポと鳴いて午後7時を知らせたのを合図に、全員で母屋へと向かった。

 何故か母さんもお祖母ちゃんも表情が固くて、そして道中はずっと無言だった。
 入母屋いりもや造りの豪邸の前に立つと、ドアホンを押す前にお祖母ちゃんが母さんをジッと見て、念を押すように、そして懇願するように言った。

「穂華、お願いだから敏夫の言う通りにしてちょうだい。今はあの子がこの家のあるじで月島建設の社長なんだから」

「……話の内容にもよるわよ。あんなに勉強ができなかった馬鹿でも男ってだけで跡取りになれて良かったわね。そのうち会社も潰れちゃうんじゃないの? 」

「穂華っ! 」

 母さんはフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向くと、
「私だって父さんの娘なのよ。黙ってアイツの言いなりになんてならないわ」

 そう言いながらドアホンのボタンを押した。
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