たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

文字の大きさ
169 / 237
第4章 束の間の恋人編

19、指輪の次は鼻輪を買ってやろうか?

しおりを挟む

 夏の盛りの8月初旬。

 家の和室でたっくんと隣り合って英語のプリントをしていると、母が麦茶の入ったグラスと薄切りのスイカを乗せたトレイを運んできて、黒い座卓の上にトンと置いた。

「勉強は進んだ?ちょっと休憩してオヤツにしない?」
「早苗さん、ありがとう。いただきます」

 たっくんがニッコリ微笑むと、母は冷たいおしぼりを差し出しながら、プリントを覗き込んでくる。

「英語?難しそうなのをやってるわね。私にはサッパリだわ」
「英語は単語を覚えるのも大事だけど、会話で丸暗記しちゃう方が頭に入りやすいですよ」

 たっくんは簡単そうに言うけれど、そう思っていてもなかなか暗記できないのが普通だと思う。
 やっぱりたっくんは私とは、脳の造りと容量が違うんだ。


 私たちは2年生の今年も特進クラスにいるけれど、たっくんは去年と同じAクラスで、私や清香たち3人はまたしてもBクラス。

 陽向ひなた高校の特進クラスは、明言こそされていないものの、何げに成績順でクラス分けがされている。
 Aクラスにいるたっくんは選ばれしもの……つまり成績優秀者だ。

 週に3日間バイトに入っていて、おまけに私に付き合って部活にも入ったというのに、いったい彼のどこに勉強時間があるんだろう。

 前にそう聞いてみたら、

『ほら、アイツによく浴室に閉じ込められてただろ?本を読む以外する事が無いからさ、ひたすら教科書を読んだり、国語辞典で言葉を調べたりしてたんだ。それで集中力が鍛えられたのかもな。それに引っ越してからも、家に帰りたくなくて図書館で時間を潰したりしてたから……』

 どうって事ないよって顔で言われたけれど、たっくんの逃げ場が図書館しか無かったと言うことなんだ。
 聞いていて胸がギュッとなった。

『そんな顔するなよ。お陰で俺は乱れた生活をしながらもこの高校に入れて、小夏とまた会えたんだからさ。勉強しといて本当に良かった……」

 そう言って私の頭を撫でるたっくんが愛おしくて……私が幸せにしてあげたいと、心から思った。



「小夏、ほらスイカ。また種をほっぺたにつけるなよ」
「えっ?なにソレ」

「なんだよ、覚えてないの?小3の夏休みに俺がここに来た時も、同じようにこの部屋でスイカを食べたんだよ」

「それは覚えてるけど……」

「小夏のこっち側のほっぺたに白いタネがくっついててさ……可愛かった」

 自分の左の頬を指差しながら、たっくんが目を細める。

「かわっ?!……もうっ!変なことばっかり覚えてる!」
「ハハッ……照れてんのか、可愛いな」
「もうっ!……もうっ!」

 覚えているに決まってる。
 たっくんとの思い出は、全て記憶の引き出しに大切に仕舞われているんだから。

 引き出しを1段引き出すたびに、その時の景色や色や匂いと共に、交わした会話や感情が鮮やかに蘇るのだ。


「そう言えばさ、たっくんが線香花火で火傷したのもその日だったよね。あの時はビックリしたよ」

 いきなり花火の火玉を手の平で受け止めて、『終わらせたくなくて』そう言って長い睫毛まつげを伏せたたっくん。

 手の平にっすらと残った茶色いあとを、『いいんだよ、 火傷のあとを見るたびに、  小夏とやった花火のことを思い出せるだろ? 』そう言って微笑んでいた。

「俺って凄いと思わね? 再会した時に、この火傷のおかげで小夏に気付いてもらえたんだ。ほら、やっぱり火傷しといて良かったろ?」

 手の平を私に向けながら自慢げに口角を上げる。
 廊下にチラッと目をやって、母がキッチンにいるのを確認してから、「頑張った俺にご褒美のキスしてよ」耳元でコソッと呟いて来る。

「ええっ?!ご褒美って……火傷の?」
「シッ!早く……」

「もうっ!……もう……」

 廊下の方を気にしながら頬にチュッと急いで唇を当てたら、

「違うだろ」

 グイッと肩を抱き寄せて、思いっきりブチュッと口にキスされた。

「ああっ!もうっ!……もうっ!」
「モーモー言ってると牛になるぞ。指輪の次は鼻輪を買ってやろうか? 似合いそうだな」

 心底嬉しそうにハハハッと笑われた。

 もうっ!……もう、たっくんの馬鹿っ!大好きだ!
しおりを挟む
感想 264

あなたにおすすめの小説

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

〖完結〗インディアン・サマー -spring-

月波結
青春
大学生ハルの恋人は、一卵性双生児の母親同士から生まれた従兄弟のアキ、高校3年生。 ハルは悩み事があるけれど、大事な時期であり、年下でもあるアキに悩み事を相談できずにいる。 そんなある日、ハルは家を出て、街でカウンセラーのキョウジという男に助けられる。キョウジは神社の息子だが子供の頃の夢を叶えて今はカウンセラーをしている。 問題解決まで、彼の小さくて古いアパートにいてもいいというキョウジ。 信じてもいいのかな、と思いつつ、素直になれないハル。 放任主義を装うハルの母。 ハルの両親は離婚して、ハルは母親に引き取られた。なんだか馴染まない新しいマンションにいた日々。 心の中のもやもやが溜まる一方だったのだが、キョウジと過ごすうちに⋯⋯。 姉妹編に『インディアン・サマー -autumn-』があります。時系列的にはそちらが先ですが、spring単体でも楽しめると思います。よろしくお願いします。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...