170 / 237
第4章 束の間の恋人編
20、小夏の髪の毛を弄ってもいい? (1)
しおりを挟む「小夏のがこっちで、たっくんのがこっちね」
母が畳の上でたとう紙の包みを2枚開いて見せると、片方からは女物、もう一方からは男物の浴衣が現れた。
「早苗さん、どうもありがとうございます。こんなのをいただいちゃって、本当に良かったんですか?」
「いいの、いいの。小夏が洋服とか指輪とか色々買ってもらってるんでしょ?浴衣の一枚くらいはプレゼントさせて頂戴」
「あっ、たっくん、ちゃんと私のお小遣いからも負担してるからね!誕生日プレゼントだからね!」
私が紺地の浴衣を指差しながら力説すると、たっくんがニッコリしながら「分かってる」と頷いた。
去年のたっくんの誕生日は、再会してすぐでアレコレあり過ぎて、ちゃんとお祝いする事が出来なかった。
今年こそは早目にリサーチをと『今欲しいものって何?』と訊ねてみたら、その答えが『小夏が手に入っちゃったから、特に無いな』という嬉しくも恥ずかしいモノだった。
負けじと更に食い下がって追求したら、
『欲しい物って言うよりも……また2人で一緒に夏祭りに行きたいな……』
という返事が返ってきた。
夏祭りと言えば浴衣。たっくんの浴衣姿は是非とも見たい!……だけどバイトをしていない私の微々たるお小遣いでは、とてもじゃないが浴衣セット一式なんて買えない。
家に帰ってウンウン唸りながら悩んでいたら、その様子を隣で見ていた母が提案してきたのが、
『小夏が日頃いろいろお世話になってるお礼にお母さんが浴衣をプレゼントするわ。小夏もお小遣いで出せる範囲で一部負担なさい』
と言うものだった。
かくして、親の財布をアテにして購入した浴衣は本麻の近江チヂミのそこそこ値の張った品で、7月の頭に購入してからというもの、早くたっくんに着せたくてウズウズしていたのだった。
「小夏、どう?」
私が和室の開き戸をガラリと開けると、浴衣姿のたっくんがスラリと立っている。
お店で散々迷ったけれど、やっぱりこの色で正解だった。濃紺地にグレーの縦縞の浴衣に、濃いグレーの正絹帯。大人っぽいたっくんに似合っている。
「……カッコいい……凄く」
ぽけ~っと見惚れていたら、「ジッと見過ぎ。恥ずかしいだろっ」とオデコを指先でツンと突かれた。
「俺だって小夏の浴衣姿を見たい。早く着替えてよ」
「あ……あっ、そうか」
たっくんと入れ違いに和室に籠ると、母に手伝ってもらって新品の浴衣に袖を通す。
ーーこの浴衣を見たら、たっくんはすぐに気付くかな。何て言うかな……。
気を付けの姿勢で廊下の方を向いて、ドキドキしながら立っていたら、ちょっとだけ戸が開いてたっくんの顔が覗いた。
「あっ、金魚!」
顔をパアッと輝かせると、ガラリと戸を全開にして入って来る。
ーーやっぱり、すぐに気付いてくれた!
今年の浴衣は紺と生成りの染め分け地に、紺と赤の金魚がデザインされた古典柄で、お店で一目見て「これだ!」と、私には珍しく即決した品だ。
だって金魚はたっくんと過ごしたあの夏の大切な思い出だから……。
「いいね……金魚。チビたくもチビ夏もいないけど」
「ふふっ、コレは琉金だもんね」
「でも、いいよ。凄く似合ってる。いつもより大人っぽい。 ……マジでイイ」
「へへっ……ありがとう」
たっくんは私の周りをグルグル回りながら、プロのカメラマンみたいにパシャパシャ写真を撮りまくる。
「ちょっ!恥ずかしいからそんなにいいって!」
「駄目だよ、永久保存版だから。あっ!でも……」
「でも……何?」
たっくんは顎に指を当てながら私をジッと見て何かを考えている。
「ねえ早苗さん、俺が小夏の髪の毛を弄ってもいい?」
0
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる