たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

田沢みん

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第5章 失踪編

6、俺の嫁になる?

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 唇が離れるとしばらく沈黙が続いて、どういうわけか、たっくんがいきなり別の話題を振ってきた。

「俺、これからちょっと忙しくなるから部活に顔を出せないわ……ってか、辞める」
「えっ?」

「リュウさんが……『escape 』のバイトが辞めて人手が足りないみたいでさ、シフトに入る日を増やせないかって頼まれたんだ。俺もお金が欲しいし、部活に出てた時間をバイトにてようと思ってさ」

「そんな……」

 たっくんが入部してから文芸部が活気づいてたのに……次期部長なのに……。
 そして何より、たっくんが皆の輪の中心で生き生きと本について語る姿を見られて嬉しかったのに……。

「放課後にたっくんと過ごす時間が減っちゃうのは残念だな……。楽しかったのに」

ーーだけどそれはあくまでも私の一方的な気持ちであって、たっくんが望むものでは無いんだ。

「そりゃあ俺だって……ずっと小夏といたいけど……」

「だけど、仕方ないよね。たっくんは目的があって働いてるんだし、他でもないリュウさんの頼みだものね」

「…うん……」

 たっくんは目の前の2つのマグカップに手を伸ばし、「お腹空いてない?何か食べに行く?」と、またしても話題を変える。
 横須賀から帰って来たばかりのせいか、今日のたっくんは落ち着きがない。

「私、なんだか外で食べるよりもここにいる方が落ち着くな」

 私がそう答えたら、たっくんが浮かしていた腰を下ろし、マグカップから手を離した。

「ふふっ、ここがいいって……もうすっかり俺の嫁じゃん。ここに住んじゃえよ」
「……住めたら嬉しいな……ずっと一緒にいたい」

「……俺の嫁になる?」
「うん、なる」

 即答したら、たっくんは満足げに目を細め、それからニカッと口角を上げて片手で私の肩を抱き寄せた。
 たっくんとぴったりとくっついた右半分に、頭蓋骨を通じて柔らかい声が響いて来る。


「小夏はさ……大学に行くんだろ?」

「うん、そのつもり。自分が将来何になりたいかとか、何が出来るかとか分からないから……とりあえず進学してから考えてみる。たっくんは働くの?」

「……そうだな。これ以上和倉の家に頼りたくはないし、何か仕事を見つけるよ」
「たっくんは器用だし頭もいいから、何でも出来そうだね。起業しても成功しそう」

「ハハッ、起業か……自由で良さそうだな。そん時は小夏を雇ってやるよ」
「だったら私は大学で経済学とか経理を学ぼうかな……それならたっくんのお手伝いが出来るでしょ?」

「美人秘書っていう手もあるぞ」
「ふふっ、『美人』はハードルが高い」

「……美人だよ。小夏は綺麗だ」

 たっくんの声に真剣な色を感じて思わず頭を起こすと、ジッと見つめるブルーアイと視線が重なった。

「俺……小夏が好きだよ」
「……?……うん」

「大好き……マジで、本当に……」
「うん、ありがとう……何?急に」

 たっくんはそれには答えず、私を両手で抱きしめる。

「たっくん、どうしたの?」
「…………。」

「たっくん?」

 丸めた背中が震えているような気がして、そっと腕を回してゆっくりさすると、たっくんの肩がピクッと跳ねて、更にキツく身体を締め付けられた。

ーーたっくん……。

「たっくん、私はいつだって絶対にたっくんの味方だからね? たっくんを苦しめる奴がいたら、私がやっつけてやるから!」

 横須賀で叔父さん達に意地悪でもされたのかと思ったからそう言ったのに、途端にたっくんの肩がククッと震え出し、上げた顔は泣き笑いの表情になっていた。

「ハハッ……まるでスーパーヒーローだな。違うか、女の子だからヒロインだ」

「ヒロインだと守ってもらうだけっぽいから、ヒーローでいいよ。たっくんに呼ばれたら何処どこにでも駆け付けるからね!」

「ハハハッ、お前はそう言うよな。そう言うヤツだもんな……」

 たっくんがますます顔をクシャッとさせて、ソファーの背もたれに頭を乗せて、派手に大笑いする。笑い過ぎて涙までこぼしているではないか。失礼な!

「ああっ!人が真剣に言ったのに笑ってる!ヒドイ!」

「違うって……ハハッ。小夏があまりにも小夏過ぎて……嬉しくて涙が出ちゃったんだよ」

「やっぱり笑ってるし!もうっ!」


 たっくんはその後も『好きだ』という呟きと馬鹿笑いを交互に繰り返し、合間に何度もチュッチュとふざけるようにキスをしてきた。

 あまりにもそれをしつこく繰り返してくるから、ねているのがバカらしくなって、最後は私も一緒になって笑い出していた。

「あ~あ……早く大人になりてぇな……」

 ポツンとこぼれたつぶやきに、それが叶わない事だと分かっている私は、黙って頷くことしか出来なかった。

 そして冬休み明けの宣言以降、たっくんが部室に顔を出すことは一度もなかった。
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