179 / 237
第5章 失踪編
8、俺の愛情表現を拒否するの?
しおりを挟む山中商店街にあるスーパーは、小ぢんまりしていながらも品揃えが豊富で、そのうえ値段設定がかなり低めなので、どうして今までここを利用しなかったのかと深く後悔した。
「そりゃあ、コンビニばっか行ってたからじゃね?」
当然のようにサラッと言われて、私は頬をぷっくり膨らませる。
「だってたっくんがこんなお店があるって教えてくれなかったし」
「コンビニの方がレジに並ばなくていいし手っ取り早いじゃん」
「それはそうだけど……今度からはこっちのお店に来ようね」
「……それよりも、なあ、ハンバーグ用の肉って牛なの?豚なの?」
「あっ、話を逸らしたね!……合い挽き肉だよ」
「それじゃ牛豚両方ってこと?」
「そう」
ショッピングカートを押しながら、たっくんが無造作にポイポイと商品を放り込んで行く。
なんだか新婚夫婦っぽいな……とニヤニヤしていたら、
「なんか新婚夫婦っぽくね?」
と言われて、心を読まれたのかとドキッとした。
「ハンバーグにチーズ入れようぜ、トロットロのやつ」
「それじゃ、あっちの乳製品コーナーだ」
「シャンメリーも買うだろ?」
「あっ、欲しい!」
「ハハッ、小夏向け『なんちゃってお子ちゃまシャンパン』だ」
「あっ、ヒドい!たっくんも本物じゃなくてこっちを飲むんだからね!」
「はいはい」
今日のたっくんは、かなりテンション高めだ。私もかなりウキウキ浮かれてるけど。
レジで支払いを済ませ、お店を出たら左折するはずが、たっくんがスーパーの袋を両手に持ったまま、「こっち」と反対側に歩いて行く。
首を傾げながらついて行ったら、そこから斜めに4軒ほど進んだ先のケーキ屋さんに入って行った。
「すいません、予約していた月島ですけど」
ーーえっ、予約?
お店の人が奥からケーキの箱を出してくると、「小夏、受け取って」とそちらの方に顎を突き出し、「誕生祝いにケーキはマストアイテムだろ?」とニカッと笑った。
「たっくん、彼氏の鑑だね。やる事なす事イケメン過ぎてビックリだよ」
アパートで箱から出した4号サイズのイチゴショートケーキを眺めながら、しみじみと呟いた。
真っ白い生クリームの上には、大きな苺と『小夏ちゃん おたんじょうびおめでとう』と書かれたチョコプレート。
小夏『ちゃん』という部分に、たっくんのさり気ない悪意を感じるけれど、それでも嬉しいことに変わりはない。
「そう言えば、お店には『和倉』じゃなくて『月島』で予約を入れたんだね。月島って久し振りに聞いたからドキッとした」
「……まあ、どっちでもいいだろ?……ケーキは食後だから片付けとけよ。早くハンバーグを食べようぜ」
そう言われてケーキをいそいそと冷蔵庫に片付けると、キッチンカウンターからガラステーブルへと、2人でハンバーグの乗ったお皿を運んで行く。
「テーブルが狭いね」
「仕方ないだろ。お一人さま仕様なんだから」
「私が大学に入ってバイトを始めたら、初めての給料でダイニングテーブルをプレゼントするよ」
「お前、大学生のバイトごときでいきなりそれは無理だろっ」
「それじゃ……2人で『ダイニングテーブル貯金』しようよ。毎月ちょっとずつ貯めていくの」
「うん……楽しそうだな」
「でしょ?」
「……それよりさ、早くハンバーグ食べようぜ。冷めちゃうじゃん」
たっくんが目配せした先には焼き立てのハンバーグ。付け合わせは冷凍のミックスベジタブルを塩コショウで炒めたものと、茹でたブロッコリーに、プチトマト。
手抜きの簡単メニューだけど、とりあえず見かけは合格点だ。
2人で「いただきます」と手を合わせ、色違いの箸を手に取る。この部屋にナイフとフォークなんていう洒落た物は存在しない。前に一緒に買いに行くまで、箸も割り箸しか置いてなかったくらいだから、これでもマシになった方だ。
たっくんがハンバーグに箸を差し入れて2つに割ると、中から透明な肉汁と共に、トロリとチーズが流れ出てきた。
「やった、トロットロ! んっ、美味っ!」
「本当?」
たっくんに続いて私もハンバーグを一口頬張る。
うん、確かに大成功だ。
今回2人で料理をしようと提案してきたのはたっくんで、手作りハンバーグがいいと言い出したのもたっくん。
料理なんかした事ないという割には、挽肉をこねるのも俵型にしてパンパン空気抜きするのも器用に……と言うか、むしろ私よりも手際良くこなし、初めてなんて嘘でしょ?!と言う出来栄えのサンプルみたいなハンバーグが出来上がったのだ。
「2人の初めての共同作業、大成功じゃね?」
「うん、なんだか楽しくなってきた。2人でレパートリー増やしていこうよ!」
「……うん、そうだな」
たっくんが嬉しそうに目を細める。
「小夏、口元にソースがついてるぞ」
「えっ、どこ?こっち?」
「いいから手をどけて」
そう言われて「えっ?」と動きを止めたら、唇の左端をペロッと舐められた。
「いいよ、もう取れた」
途端に顔がカカカッと熱くなる。
「も……もうっ! たっくんってさ、そういうとこあるよね」
「何だよ?」
「普通なら照れて出来ないような事をサラッと言ったりやったり出来ちゃう。しかもイケメン無罪でサマになっちゃうのが悔しいっていうか……」
するとたっくんは、ズイッと目の前まで顔を寄せてきて、至近距離からジッと見つめて来る。
マズい。綺麗すぎて魂を抜かれそうだ。
「嫌なの?」
「えっ?」
「小夏は俺に構われるのが嫌なの? 俺の愛情表現を拒否するの?」
「……嫌……じゃないデス」
恥ずかしくて、真っ直ぐに見つめられなくて……伏し目がちになりながらボソッと答えると、
「だよな? だったらいいじゃん。俺が可愛がりたいと思うのは小夏だけで、小夏はそれが嫌じゃない。問題ないだろ?」
「全く問題……無いデス」
ーーほら、こう言うところ!
そう言おうと思ったけれど、また甘い言葉を重ねられるだけなので、これ以上茹でダコになる前に降参した。
「それじゃあ、お約束のシャンメリーの栓飛ばし!それ!」
パーン! シュワ~……
「わっ!半分以上こぼれちゃったじゃん!」
「ハハッ、それが楽しいんじゃん!」
シャンメリーの栓を壁めがけて飛ばして、泡を思いっきり溢れさせて……ケーキは食べ切れなくて半分残したけれど、たっくんが立ててくれた17本のロウソクの火を吹き消して、夢みたいに楽しい時間を過ごすことが出来た。
あまりに夢みたいで楽しすぎて……怖いと思うほどだった。
0
あなたにおすすめの小説
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
*全28話完結
*辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
*他誌にも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる