たっくんは疑問形 〜あなたと私の長い長い恋のお話〜

<< 番外編>>

新婚旅行〜サンディエゴの夕陽〜 (1)

「たっくん、見て、凄い！」

　シャワーを浴びてバスローブ姿で出てきたたっくんに呼び掛けると、彼は後ろから私を抱きしめながら、「本当……綺麗だな」と感嘆の声をあげた。

　ホテルのウィングから望むサンセットは、濃いオレンジの光を放ちながら、その姿をロマ岬の向こう側に沈めようとしている。
　その荘厳な景色に、改めてここに来て良かったな……と思った。


　カリフォルニア州サンディエゴにある高級ホテル。

「ザ・デル」の愛称で地元の人々から親しまれているこのホテルは、現存するアメリカ最古の木造建築のひとつであり、国定歴史建造物にも指定されている、ヴィクトリア朝建築のヘリテッジ・ホテルだ。

　歴代アメリカ大統領のスピーチ会場や映画のロケ地ともなったこの超一流ホテルに、なぜ私たちが宿泊出来ているのかというと、この旅行自体が、卒業祝いと結婚祝いを兼ねた母からのプレゼントだったから。


　いつか2人でアメリカに行ってみたい。

　穂華さんの死後、たっくんと私に芽生えた一つの望み。

　穂華さんが最後まで愛し待ち続けていた男性。
　たっくんの父親であるマイクが住んでいたであろう場所……カリフォルニア州サンディエゴに、私たちはやって来た。


＊


「それじゃ気を付けて。向こうに着いたらメールでいいから到着の報告をしてちょうだい。拓巳くん、小夏をお願いね。この子暴走癖があるから」
「ちょっと、お母さんったら！」

「ハハッ、暴走癖があるのは知ってる」
「ちょっと、たっくんまで！」

　大学を卒業した3月の春休み、私とたっくんは母に送られて中部国際空港に来ていた。

　穂華さんの葬儀後にすぐ結婚したいと言った私たちに大学卒業まで待ったをかけた母が、4年間耐えたご褒美と入籍のお祝いにと新婚旅行をプレゼントしてくれたのだ。
　しかも飛行機はビジネスクラス、ホテルは全て超一流。贅沢すぎる！


「早苗さん、大丈夫。小夏のことは俺が命を賭けてでも守るから」
「ちょっとたっくん、冗談でも怖いこと言わないでよ！」

「そうよ、拓巳くん、これから幸せな家庭を築いていくあなた達に新婚旅行先で何かあったら、私が穂華さんに顔向け出来ないでしょ。向こうでは思いっきり楽しんで、笑顔で帰ってらっしゃい」

「お母さん……」
「早苗さん、ありがとう。行って来ます」

　そうして私たちは名古屋から飛び立ったのだった。


＊


　成田空港で飛行機を乗り換えて約12時間のフライトは、思ったよりも快適だった。
　2人とも海外旅行は初だから緊張したけれど、機内ではフライトアテンダントさんが親切にしてくれて、新婚旅行だと言ったら高級シャンパンやらデザートやらを次々と持って来てくれた。

　飛行機が揺れるのが少し怖かったけれど、隣のたっくんを見たら彼も緊張していたみたいで、お互いに顔を見合わせて自然に手が伸びていた。
　クスッと笑い合いながら指を絡めてギュッと握る。たったそれだけで途端に安心出来てしまうのだから不思議だ。

　たっくんにそう言ったら、「そりゃあ、愛の力だろ」とサラッと言われて顔にボッと火が点いた。そんなキザな台詞……『ただしイケメンに限る』ってヤツだと思う。

　そうして私たちは、無事サンディエゴ国際空港の第2ターミナルに降り立ったのだった。


「たっくん、着いたね」
「着いたな」

　アメリカの西海岸を代表する都市のひとつ、サンディエゴ。カルフォルニア州でロスに次ぐ第2の都市であり、全米でも8番目に大きなこの街は、アメリカ海軍の基地であり、太平洋艦隊の主要な母港でもあるサンディエゴ海軍基地があることでも知られている。

　この場所に来たいと言ったのはどちらだったのか……ううん、あの写真を見た時から、お互いにそう思っていたんだろう。

　たっくんによく似た顔立ちの、美しく凛々しい青年。穂華さんが愛したブルーアイズを持つその人に、今さら会いたいだとか探し出したいなんて気持ちはこれっぽっちも無い。

　だけど……。

「穂華さんをアメリカに連れて行ってあげたいな」
「うん……もしも小夏がいいって言ってくれるなら……」

「行こうよ、サンディエゴ」

　大学を卒業したら結婚しようと決めていた私たちは、新婚旅行先をアメリカのサンディエゴと決め、すぐに『サンディエゴ貯金』を始めた。

　そうして貯めたお金は、母の『そのお金は新婚生活用に使いなさい。旅行の費用は出してあげるから』の一言で用途が変わってしまったのだけど……。

　とにかくそういう訳で、私たちはバッグに穂華さんの遺影と遺骨を入れて、この地に着いたのだった。



　到着した日は、そのまま『ミッドウェイ博物館』に徒歩で行けるダウンタウンのホテルに宿泊した。
　今日は散策にとどめ、行動を開始するのは翌日からだ。
　今回の旅、1番の目的を果たすのも明日……。


「改めて……小夏、俺と結婚してくれてありがとう。新婚旅行も俺に合わせてサンディエゴにしてくれて……本当にありがとうな」

「こちらこそ、私と結婚してくれてありがとう。海外旅行なんて初めて！しかもたっくんと一緒で嬉しいよ」

　部屋にドンと置かれたキングサイズベッドで、何故か正座で向かい合う。
　お互いに「よろしくお願いします」と三つ指ついて挨拶して、顔を上げてハハッと笑った。

「やった！小夏が俺の嫁！」
「キャア！」

　ガバッと抱きつかれ、勢いこんで一緒にベッドに倒れ込む。
　上から覆い被さったたっくんの瞳が揺らめき、長い睫毛が伏せられた。

「小夏……俺の……」
「うん……」

　自然と私も目蓋を閉じると、柔らかい唇が降って来た。

「は……小夏……」
「んっ……たっくん……好き……」

　その日は結局近所の散策もせず、私たちが部屋から出ることは無かった。





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　皆様こんにちは、お久しぶりです。
　たっくんの番外編スタートです。
　まずは『新婚旅行のお話』、穂華を想いながらマイクのいたであろう土地に向かいます。

　一応新婚旅行なので甘々も入れつつ2～3話でサックリ終わる予定です。

　今後も入籍のお話、ヘアスタイルコンクールのお話など不定期で投稿していくつもりなので、お付き合いいただければ幸いです。
　よろしくお願い致します。