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<< 妹と親友への遺言 >> side 大志

41、告知

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「病理の結果、ステージIVの末期癌でした」

 それは俺の運命のカウントダウンの始まりの合図。
 上昇気流に乗っていたはずの俺の人生が、絶望の淵に叩き落とされた瞬間だった。



『胃の調子が悪いからさ、 薬を出してもらうついでに、 胃カメラで隅々まで調べてもらってくるよ』

 軽い気持ちで受けた胃カメラで、医師の表情は固かった。

『組織を一部切り取って、検査に出してみましょう』

 続いて、

『八神先生は……もしも検査の結果が悪いものだったとしたら、その場合、告知を望まれますか?』
 そう聞かれた時に、一瞬で全身が凍りついた。

ーー告知……俺が先に知るか、桜子に先に伝えられるか……。

 そんなの決まってるだろう。

「俺に……全部俺に知らせて下さい。何一つ隠すことなく」



 彼は父の代から弁護士の仕事で付き合いのあったベテラン消化器専門医で、両親の葬儀にも参列してくれていた。
 だから俺の職業や家族のことも把握していたし、だからこそ検査も告知も迅速に行ってくれたのだろう。

 彼は普通の外来ではなく自分の個室へと俺を招き入れ、デスクに備え付けられたシャウカステンの電気を灯してそこにレントゲン写真を挟み込んでいった。
 続いてパソコンの画面を開き、胃カメラの映像を映し出す。

「病理の結果、ステージIVの末期癌でした。スキルス性胃癌と呼ばれるものです。スキルスとは、ギリシア語で『硬い腫瘍』を意味するskirrhosに由来しています。一般の胃がんと異なり、胃の壁に沿って染みこむように広がるため早期発見が難しく、胃が硬くなり内腔が狭くなってから発見されることがしばしばで……」

 彼は鎮痛な表情で、だけど淡々と病状を伝えていった。
 分かりやすく丁寧に説明してくれてた筈だけど、真っ白になった俺の頭には半分も話が入って来ない。

 それでもどうにか脳味噌に刻みつけた言葉は、

『末期』
『5年生存率が7%未満』
『手術不可能』
『延命治療』

 絶望的な単語の羅列だった。

「ご家族は妹さんとお2人だけでしたね。ご自分で伝えられますか? それともここで私の方から御一緒に……」

「いえ、妹には伝えません」

 俺が被せ気味にハッキリ言うと、医師は一瞬言葉を失い、目を見開いた。

「ですが……スキルス性胃癌は進行が速い癌です。八神先生はお若いですから余計に……。いずれ症状は目に見えて現れて来ます。隠し通すのは無理でしょう」

 そして、「これは医師としてではなく、あなたのお父上にもお世話になっていたクライアントの一個人としてですが……」
 そう前置きした上で、

「事務所の今後のこと、財産のこと、妹さんのこと、考えなくてはいけない事は沢山あるでしょう。それを病人であるあなたが1人で抱え込むのは困難です。負担も大き過ぎます。それに妹さんだって……お兄さんとの時間を大切にしたいんじゃないですか?」

「……大丈夫です」
「えっ?」

「1人じゃありませんから……」
「ですが妹さんは……」

「いえ、俺には……無二の親友が……心から信頼できるヤツがいますから」


 1人じゃない……そう口にした時、俺の頭に浮かんだのは、冬馬、お前の顔だった。

 地獄の底に突き落とされた俺が頼った蜘蛛の糸。俺が縋り付いたそれは……冬馬……お前の手だったんだ。
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