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<< 特別番外編 >>

プレゼントを買いに (3) side冬馬

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ーー桜子ちゃんが1人で来ようとしてるって !?

 実をいうと、彼女は今年の夏休みに電車で痴漢に遭っている。
 ただでさえDVのトラウマがあるうえにそんな怖い目に遭って、彼女のショックは相当なものだったに違いない。
 それ以来、通学は友人に両側から挟まれて、または時間があえば大志が車で送って行っている。
 なのに混雑する週末に1人で電車だなんて、大志が心配するのも当然だ。

ーー俺だって!

 彼女に何かあったら……俺だって平気じゃいられない !

 心臓がドクンと跳ねた。
 考えるよりも先に足が前に出る。
 大志のあとを追うようにエレベーターホールに体を向けると、後ろからガシッと腕を掴まれた。

「ねえ日野くん、だったらこれから私と2人で……」
「ごめん、俺も大志と一緒に行く。山崎さんは、ごゆっくり。それじゃ!」

 バッと腕を振りほどくと、彼女の顔も見ずに駆けだした。


 全力疾走すると、ちょうど到着したエレベーターに大志が乗り込むのが見えた。
 閉じかけのドアに勢いよく身体を突っ込むと、大志が目を見開く。

「おいっ、冬馬 !  お前何してるんだよ ! 」
「……買い物に行くんだろ ?  俺も一緒に行く」

 構わず目の前の『閉』ボタンを押した。

「馬鹿野郎! 山崎さんを置き去りにしてんじゃねえよ! 戻れ!」
「彼女には大志と一緒に行くって言ってきた。べつに買い物くらい彼女1人で出来るだろ。桜子ちゃんが1人で来るって言ってたほうが大問題だ」

「だから俺が行くから……」
「いや、俺も行く」

 そのまま点灯する階数表示をジッと見上げる。
大志は大きな溜息を一つ吐くと、強張った顔で黙って一緒に階数ボタンを見つめた。



 桜子ちゃんは駅の改札口で待っていた。
 俺たちを見付けると胸の前で小さく手を振ってくる。
 控え目で可愛らしい仕草。俺は無事に合流出来たことにホッとする。

 大志が小走りで桜子ちゃんに近づいたと思うと、彼女の両肩をガッと掴んで軽く揺すった。

「桜子、何やってんだ !  家で大人しく待ってろって言っただろ ?!  どうして言うことを聞かないんだよ、危ないだろ ! 」

 大志はさっきからずっと不機嫌だ。そのせいか、桜子ちゃんに対しても珍しく声を荒げ、強い口調になっている。

ーー大志、何やってんだよ!

 大志らしくもない。彼女にはDVのトラウマがあるから大声を出さないようにと言っていたのはアイツ自身じゃなかったのか。

「おいっ、大志!」

 2人の間に割って入ろうとしたその時、桜子ちゃんの消え入りそうな震え声が聞こえた。

「……ごめんなさい。いつまでもお兄ちゃんに頼ってばかりじゃいけないと思って……」

 瞳を潤ませて俯いた妹に、大志はハッとしてその顔を覗きこむ。

「ごめん、怒ってるわけじゃないんだ。俺はただ桜子が心配なだけで……」

 大志は「ああ、くそっ!」と短く言い捨てるとそのまま桜子ちゃんを抱き締める。
 自分の胸に彼女の顔を押しつけて、今度は泣きそうなくらい優しい声音でゆっくりと告げた。

「桜子……お前は俺の宝物なんだ。お前を絶対に傷つけたくないし、怖いものすべてから守りたいんだ。 俺がそうしたいんだよ……わかる ? 」

 大志の腕の中で、桜子ちゃんがコクンと頷く。

「大きな声を出してゴメンな。だけどさ、俺は桜子に頼ってほしいんだよ。俺がお前に構いたいんだ。迷惑だとか絶対に思うなよ。もっともっと甘えていいんだ……なっ ?  わかった ? 」

 恋人に囁くかのような甘い甘い台詞。
 彼女が再びコクリと頷くのを見届けて、大志はようやくホッと息をく。

「ゴメンな、兄ちゃんの八つ当たりだ」
「八つ当たり ? 」
「……ん……何でもない」

 コツンとオデコを合わせて見つめあい、同時にクスッと笑って……

ーーまるで本物の恋人同士みたいだな。

 大勢の人が行き交う雑踏のなか、美男美女の2人の抱擁は目立ちに目立ちまくっていた。
 だけどその姿はまるで映画のワンシーンみたいで、すれ違う人々が「ほおっ」と溜息をつき見惚れている。

 俺も……俺は、そんな2人を微笑ましいと思いながら、同時に胸の奥でジリッと何かが焼ける音を聞いていた。

「ハハッ、大志、兄バカ極まれり……だな」

 そう呟いたのは、大志が彼女の『兄』なのだと再確認したかったからなのかもしれない。



 3人で電車に乗って出掛けたのは1駅先にある百貨店で、そこには八神の御両親お気に入りの店がいくつか入っているのだという。

「パジャマなんてどうかな……って思ってるんだけど」

 大志と桜子ちゃんの連名で2年前に夫婦お揃いのパジャマを贈ったから、そろそろ買い替え時なのだそうだ。

「母さん達は俺達に気兼ねして、ボロボロになってもきっと新しいのを買わないだろ ? 」
「さすがお兄ちゃん、それでいいよ ! 」
「なるほど。大志、お前、よく気がつくな」

 大志の頭の回転の速さと気配りは本当に凄いと思う。
 そしてお店に着くなり、「桜子、俺よりお前のほうがセンスがいいから、良いのを選んでくれ」と、さりげなく桜子ちゃんを褒めて引き立てるのも、彼女に自信を持たせようとするアイツの配慮なのだろう。
 実際、桜子ちゃんが選んだシンプルなシルクのパジャマを見て、大志は大袈裟なくらい褒めちぎり、ニコニコしながら一緒にレジに並んでいた。

 そうなると俺はいてもいなくても関係ない存在で、2人の後ろ姿を眺めながら、無性に羨ましいような寂しいような気持ちになったのを覚えている。

ーー必死になってこんなところまで追い掛けてきて、俺は一体何やってんだ……

 2人に近付くことも、そこから離れることも出来ないまま。俺はただ黙って、仲良く見つめあっている兄妹の姿を眺めていた。
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