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133、あの日の私へ
しおりを挟む披露宴会場の出口で来賓の皆様のお見送りを終えると、天馬と楓花はそれぞれの知人に取り囲まれて、談笑を始めた。
暫くして、楓花は地元の友人たちと別れて家族の元に向かうと、改めて今日の御礼を言う。
「お父さんお母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、茜ちゃんもみんな、今日はありがとう」
「楓花ちゃん、本当に綺麗。スピーチも感動したわ! それにしても……大河が本当にごめん!ほら、大河もちゃんと謝って!」
茜が隣の大河のふくらはぎに蹴りを入れると、大河が府に落ちない顔で、それでも渋々「悪かった」とだけ口にした。
「でもさ、俺のスピーチ、感動的じゃね?いい感じだったろ?」
「「「 コラ大河! 」」」
楓花が文句を言う前に家族が一斉にツッコミを入れたので怒る気が失せた。
「それにしても、お兄ちゃんのスピーチなんて予定に無かったよね? どうやったの?」
「ああ、アレはな、俺からお前たちへのサプライズだ。司会の人に、俺は新郎の親友で楓花の兄で2人の縁結びの神だからお祝いを言いたい……って言ったら、それは素敵ですね……って」
「その縁結びの神が、まさか禁句を連発するだなんて司会者も想像してなかっただろうけどね!」
そう言いながら茜がゲシゲシと蹴りを入れまくっている。
「うん……驚いたけど……まあ、お兄ちゃんらしかったよ。ありがとうね」
「ほら聞いたか!楓花本人が喜んでるんだ、スピーチして良かったじゃん!」
「アホ大河、調子に乗るな!楓花ちゃんが許しても私が許さん! 寺修行決定!」
「ええっ?!」
そんなやり取りを見ながら、思わず楓花が顔を綻ばせる。
ーーやっぱり家族っていいな……。
東京から帰って来てほぼ1年。
たった1年で楓花の環境はめまぐるしく変わった。
楓花が引きこもった時、傷心で帰って来た時、支えてくれたのは家族のみんなだった。暖かく出迎え、普通に接してくれたのが嬉しかった。
帰って早々病気になって入院して、そこで天馬と再会して……まさか自分が初恋の人と結婚できるなんて思ってもみなかったけれど……。
1年前の自分に教えてあげたい。
悲しまないで。あなたは帰って来て良かったんだよ。
保育士の道も初恋も、両方諦めなくていいんだよ。
あの時のキスを後悔しないで。
勇気を出して、好きな人の手を握ってごらん、そこには幸せが待っているんだから……って。
「楓花、大学時代の友人に紹介したいんだけど、ちょっといい?」
天馬が後ろから肩を抱きながら顔を覗き込んできた。
「皆さん、今日はどうもありがとうございました。楓花をお借りしていいですか?」
「勿論よ~!楓花はもう天馬くんのものなんだから、遠慮せずに連れてって下さいな」
会釈して仲良く歩いて行く後姿を見送りながら、芳枝はそっと涙を拭った。
「本当に良かったわ……一時はどうなるかと思ったけれど……」
楓花が胃を悪くしたと聞いた時、仕事を辞めて引き籠もっていると知った時……家族みんなの、特に芳枝の心配は相当なものだった。
夫の転勤を言い訳に楓花を連れ戻すと決めたのも芳枝だった。
「芳枝さん、楓花はもう大丈夫だ。天馬くんのスピーチを聞いただろう? これからは彼が楓花を守ってくれるよ」
「ええ、そうですね……」
新郎の挨拶の時の、過剰な程のお惚気スピーチ。あれが単なる旦那バカではなく楓花のためである事を、月白家の皆は気付いている。
ハンサムで優秀な外科医の天馬には良家の子女とのお見合い話が次々と舞い込んでいたし、その天馬が選ぶ相手となればどんなお嬢様かと周囲のハードルも上がっていたはずだ。
楓花は良い子だし親しい人にはその魅力が分かるだろうけど、家柄的にも経歴的にも、知らない人から見れば『玉の輿に乗った』、『上手いことやったな』という目で見られるのは避けられない。
だから天馬は披露宴の場であえて『こちらが結婚してもらった』、『自分が強く楓花を望んだのだ』と大々的にアピールしたのだ。
こちらの心配を口にせずともちゃんと汲み取ってくれた上に、自分を道化にしてまでサラリと不安を払拭させてしまう新郎の姿に、月白家の全員が楓花の幸せを確信した。
「お義母さん、本当に良かったわね。見て、楓花ちゃんのあの笑顔。とっても輝いてるわ」
茜の言葉に、月白家の皆が一斉にそちらに視線を向け、そして頷く。
そこには愛する人の隣で肩を抱かれて立っている、世界一幸せな花嫁の、お日様のように明るい笑顔があった。
*・゜゚・*:.。..。.:*・ .。.:*・*:.。。. .。.:*・゜゚・*
あと2話で終了予定です。
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