婚約破棄してきた強引御曹司になぜか溺愛されてます

田沢みん

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ニューヨークでニアミスした話 (2)

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 紅葉が見事な10月、日曜日の午後。
 その日、朝哉はお隣のニュージャージー州にある大型日系スーパーに来ていた。
 
 午前中にこの州の病院で消化器医師への新型内視鏡のレクチャーがあったため、それを終えてからちょっと足を延ばして食材のまとめ買いをしに来たのだ。


 ここはアメリカ東海岸側で一番大きな日系スーパーで、フードコートにはラーメンや天ぷら、カレーライスといった日本のメニューが並び、日本の本屋や雑貨屋も併設されている。

 アパートのあるスカースデールから車で約40分。
 めちゃくちゃ遠くはないが、ちょっとメンドクサイな……という距離にあるその店に、朝哉は今回の訪米後、一度も来たことが無かった。

 日々の仕事が忙しくてゆっくり買い物に行く余裕が無かったし、疲れた中わざわざ片道40分もかけてお米を買いに行こうとは思えなかった。
 それに、近所の小さな日系スーパーで弁当を買い、デリでサンドイッチやピザを買うだけで事足りている。

 そして何より……雛子とのニアミスは絶対に避けたい。避けなければならない。

 基本的には職場とアパートの往復だけ。日本人が立ち寄りそうな場所は意識的に避け、来るべき再会の日に備える……それが今の朝哉の生活の全てだった。



「すっげ。随分変わったな……」

 何年か振りに訪れた日系スーパーは大きく様変わりしていた。
 大学生の頃はたまに来ていたけれど、その時の記憶よりも店舗が増え、品揃えが充実している。

 日本を離れてほんの数ヶ月しか経っていないのに、日本人が沢山いて、日本の品物に囲まれているとホッとする。
 これまで避けていたから尚更そう思うのかも知れない。

ーーあっちの店も覗いてみるか。

 浮き浮きした足取りで、併設されている本屋に入る。
 何の気なしに車の雑誌をパラパラと捲っていると、前方から女子の話し声が聞こえて来た。

 いや、違う。
 その声だけが耳に『飛び込んで』来たのだ。


「ねえ、これなんて、どうかしら」
「オー!ドラ〇えもんのイラスト入り漢字ドリルですか!ナイスです!」

「あとは四字熟語のドリルだと……これは?」
「ワオ!かわいいイラスト!JKがマンガでことわざを教えてくれるのですね。コレがいいデス!」


 心臓がドクンと鳴った。

 鈴のように軽やかで優しい声。
 聞き間違えるはずがない。

 反射的にバッと顔を上げる。並んだ低めの本棚のその先。学生向けの参考書のコーナーに、彼女はいた。

 白い肌、ツンと尖った高い鼻。長い睫毛に縁取られた大きな瞳。
 少し色の明るくなったロングヘアーはそれでも艶やかで、彼女の人形みたいな横顔を引き立てていて……。

ーーヒナ!

 時間が止まった。
 惚けたように、ただジッと見つめる。

 唾をゴクリと飲み込む。
 頬が震える。目蓋が熱い。

 知らずに足が一歩前に出ていた。惹き寄せられるように、捕われたように……。


 その時、ふとこちらに顔を向けたヨーコと目が合った。
 驚愕に見開かれたその表情で、一瞬にして現実に引き戻される。

ーーヤバい!

 自分のしようとしていた事とマズイ状況を今更ながら把握して、朝哉はそのままクルリと背を向け出口に走った。

店の前でショーウインドウに背を預け、ズルズルとしゃがみ込む。

ーー今オレ、何をしようとした?!

 あの瞬間、己に課したルールもしがらみも全て忘れ去り、雛子の元に向かおうとしていた。

 会ってどうする! 今更彼女に何を言おうっていうんだ!

 俯いて頭を抱えていたら、ポンと肩を叩かれた。

 ビクッとして顔を上げると、そこには厳しい顔で見下ろすヨーコ。

「……こんな所で何をしてるのデス」
「そっちこそ……なんでこんな所にいるんだよ。今日は本屋に行くって言ってたじゃないか」

 ヨーコは雛子と出掛ける予定が入ると、いつも行き先を伝えてくれていた。
 ニアミスを避けるためだ。

 今日は2人でヨーコの漢字練習用のドリルを買いに行くと聞いていたけれど……。

 しばし見つめ合ったあと、ヨーコにグイッと腕を引かれ、建物の裏手に連れ込まれる。

「……俺は2人がマンハッタンの本屋に行ってると思ってた」
「そのつもりだったのデスが、店舗改装でお休みだったのデス」

「くそっ、マジか……運がいいのか悪いのか……」

「ヒナコはトモヤに気付いてないデス。ワタシはトイレに行くと言って出て来たので、もう戻らなくては」
「そっか……うん。俺ももうアパートに帰るよ」

「トモヤ……ちゃんとヒナコの顔を見れマシタカ?」
「えっ?」

ナマヒナコを見たの、久しぶりなのデショ? 」

 ニコッと微笑まれて胸が震える。我慢していた感情が溢れ出す。

「うん……見れた」

 思わず両手で顔を覆うと、その場にしゃがみ込んだ。嗚咽が漏れる。

「……可愛かった。めちゃくちゃ細くて可愛くて……抱き締めたくなった」

「そうですか……良かったデスネ。頑張りマシタ。ヨシヨシ」

 髪をわしゃわしゃと撫でられて、犬じゃないんだぞ!……って言ってやりたかったけれど……今はその優しさが嬉しくて、されるがままにしておいた。

「それじゃワタシはヒナコとラブラブデートの続きをして来ますヨ」

ーーくっそ~、悔しいな。

 だけど……。

「ヨーコ、ありがとうな」

 涙でグチャグチャになった顔を上げたら、ヨーコが立ち止まって、

「オー!ブサイクですね。そんなカオ、ヒナコに見せちゃ駄目デスヨ!おととい来やがれ!デス」

 と、訳の分からん捨て台詞を吐かれた。
 たぶん『おととい来やがれ!』を言ってみたかっただけなんだろう。


 ヨーコの背中を見送ってからすっくと立ち上がり、う~ん!と伸びをする。
 深呼吸をしてから、本屋と反対の裏道を通って駐車場へと向かう。

 車のエンジンをかけながら、もう一度本屋を振り返った。

 ほんの一瞬だけど雛子に会えた。声も聞けた。
 今はこれで十分だ。

ーー今はまだ……。

 だけどもうすぐだ。
 ちゃんと結果を出しさえすれば、10ヶ月後には雛子と一緒に日本に帰れるはずなんだ。

「よっしゃ、頑張ろう!」

 思いがけないプレゼントに嬉しさと切なさを感じながら……朝哉は最後にもう一度本屋に目をやって、その場を後にしたのだった。


 朝哉がこの日の出来事を雛子に語るのは、2年後、一緒にこの店を訪れた時となる。





*・゜゚・*:.。..。.:*・' .。.:*・゜゚・・*:.。. .。.:*・゜゚・*

ニアミスのお話終了です。
ヨーコはこの頃からもうこんな感じでした。

次は朝哉持ち込み企画のフランス旅行のお話です。
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