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六
しおりを挟む敬は、醒めない悪夢のなかで十九の晩春を過ごしていた。
身体は泥のようで、何をする気もなく、始終、座敷のなかで男を待つだけの日々だった。
男、瀬津は来るたびに敬をもてあそび、その都度、嶋や田中が呼ばれ、敬は抵抗しつつも、やがては彼らのまえでありったけの痴態を晒す破目になる。
悔しい……、辛い、と思っても、逃れる術もないまま、いつしか庭に桜を見なくなり、気づけば、緋色や桃色の躑躅の花が垣根を飾っていた。
その日も、雨が降っていた。
ぐったりとして寝乱れた褥で横たわっている敬に、いつものように食事が運ばれてくる。
「おい、大丈夫か?」
襖が開かれ、顔をのぞかせたのは、小虎だった。
「ん……」
鉛のように重い手足をどうにか動かして、敬は身を起こした。
敬の身のまわりのことは、たいてい大林か、娼婦たちが交代でしてくれていた。時間になると食事が運ばれ、食べているあいだに褥を代えてくれ、着替えが置かれて洗濯物が持っていかれる。
「破格の待遇なんやで」
小虎が不満げに唇を突き出す。高慢な少女のようで、少年の勝気さがにじんでいる。中性的な美に、以前にはなかった媚態すら備わりはじめたのは、すでに男に抱かれ、受け身の快楽を覚えはじめた証しだろうか。
(小虎ったら、金持ちなら誰でもいいのかしら? でぶの成金親父にも平然と愛想ふりまくんだから。まったく、呆れるわよ)
二日前、食事を持ってきてくれた照葉が、苛々しながら言っていたのを思い出す。すでに彼女も客を取ったらしいが、その晩は泣いて悔しがっていたと千手からは聞いた。そういう千手の方は、もはや運命と思って諦めているらしい。彼女ももう客を取っている。
娼婦、男娼たちは、宴の余興に競りにかけられ、一番の高値をつけた相手を最初の客として取ったという。
幸か不幸か、その夜熱を出して寝込んでいた敬はその宴に出ずにすんだのだが、代わりにまだ水揚げ前ということで、他の娼婦、男娼たちからは半人前に見なされ、時折、小虎や照葉から見下すような目で見られていることに気づいたが、それを不快に思う余裕すらない。
「ほんまやったら、おまえの立場やったら、自分で台所へ食べに行って皿洗いもせなあかんのやで」
「……」
嶋のいる台所で、こそこそ食事する自分を想像するだけで、敬は背が固くなるのを自覚する。
「……なんか、生きるのが空しくなってくるな」
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