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「いつ、行くのだ?」
「明後日だ。すでに話はつけてある。お前も来るか?」
「嫌がらないか?」
「かまうものか。金を出したのは俺だ。いちいち金で買った相手の機嫌など考慮していられるか」
 自分の声がとてつもなく残酷に響くのは仕方ないだろう。とびきり残酷なことをするつもりなのだから。ディオメデスは冷酷に思った。
 あの気位高いうるわしい顔が苦悶と屈辱にゆがむのを想像して、ディオメデスは今から歓喜にふるえた。
 当人はまったく気づいていなかったろうが、リィウスはその美貌と聡明さで青年貴族の仲間うちでは有名だったのだ。近寄りがたいどこか静謐せいひつな雰囲気もあって、特に誰かと親しくするわけでもなく、いつもひっそりと一人で居るようなところがあり、それがまたひどく似合っていた。
 学問に没頭する学生にはよくあることだが、リィウスも他者にあまり興味や関心がないところがあり、門閥政治を生き抜くため、有力者と親しくまじわろうなどという世知もなく、外見に魅かれてなにかと自分に群がってくる青年たちとは一線を画していた。そしてそれがたまらなくディオメデスの神経をひっかいた。 
 すれ違ってもまるで自分に気づくこともなく、気にも留めない。そんな相手を妙に気にし、つい目で追いかけてしまったことがあり、そのことに後で気づいて地団駄ふみそうになった。
(俺を無視しおって……)
 おそらくリィウスにしては無視したという意識すらなかったのだろう。
 リィウスにとってはディオメデスの恵まれた体躯や容貌、財力、家柄などなにひとつ関心がないのだ。いや、唯一、ディオメデスについて気になることといえば、勉学にも武芸にも――やればもっとできるはずなのに――それほど夢中にならず、自堕落に放蕩にふけり日を無為に過ごしていることへの嫌悪と軽蔑だろう。
(そうやって蔑んでいた俺に買われたら、おまえは、どうする?)
 想像するだけでディオメデスは身体が熱っぽくなる。
 先日も下町で顔をあわせた折に、悪戯心が湧いててからんでみると、憎悪に燃えた顔を向けてきた。あの湖水の水面のように美しい青い瞳に浮かんだのは、嫌悪と侮蔑だけだった。
 あの青白い炎を秘めたような瞳で睨みつけられると、胸の奥の自分でも気付かない弱い部分がきしむことを……ディオメデスは認めていなかった。
(ああ、せいぜい俺をそうやって軽蔑していればいい。見ていろ、おまえの最初の客は俺だ) 
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