燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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(ディオメデスのお父様がひどくお怒りなそうよ)
 アスパシアが昨夜、もの憂げな顔で食事のあとで嘆いていた声が耳によみがえる。
(最近、ディオメデスはここへ来ても私を見ようともしないのよ。まぁ、しょせん、私たち娼婦なんてお客に飽きれられたら、すぐにすげかえられるものなんでしょうけれど……)
 アスパシアの潤んだようなセピアの瞳は寂しげだったが、声には湿りがない。一見か弱げに見えて、こういうときアスパシアという女は意外に芯が強いのだと知らされる。
(でもリィウスに対する耽溺ぶりは、すこし普通じゃないわ。嫉妬しているわけじゃないのよ。でも、あれは行き過ぎよ。心配になってくるぐらい。あのままだと、ディオメデスもリィウスも、あまり良くないことになりそうな気がするの)
 人の心配するより我が身でしょう、とそのときベレニケは笑っていなした。ディオメデスを想っていることを、彼の贔屓ひいきだったアスパシアには一番知られたくない。だが、心配なのは実はベレニケもおなじだ。
(リィウス、ひどいじゃないのよ)
 リィウスの罪ではないと知りつつも、こうなるとリィウスを恨みたくなる。
(あんな、一見真面目で慎みぶかそうに見えて……。それなのにディオメデスをあれほど夢中にさせてしまうのだから油断できないわ)
 自分のなかのメドューサがえる。
(ああいう女って、いるわ)
 リィウスは今やベレニケにとって〝女〟であった。
 柘榴荘でもそういう〝女〟を見かけることがある。
(見た目はしおらしくて、かよわげで、寂しそうで、男に、俺が守ってやらないと、と思わせる女。弱さを、不幸を売りにして男たちの気を引く女。そうよ、東洋人の商人が言っていたことがあるわ、そういう女のことを秋風泣女しゅうふうきゅうじょというのだと)
 東洋の秋とローマの秋とでははちがっているかもしれないが、どことなく物思いにさせられる時期であることは似ている。
 そんな季節の風に吹かれている寂しげな風情の美女を見れば、男は堪らない気持ちになるものだと。そして、そういう女こそが、実はもっとも男を狂わせるのだから、怖いのだと。
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