燃ゆるローマ  ――夜光花――

文月 沙織

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 鬼女と同じ名を持つ彼女は、その名にたがわず苛烈な気性をまざまざと見せつけてきた。
 トュラクスが怒りに全身をふるわせたのがリィウスにも感じられた。それは絶妙な刺激となってリィウスをまた追い詰める。
(あ、ああ……う、動かないでくれ……)
 そんな内心の喘ぎは誰にも伝わらない。
「いい格好ね、トュラクス。おまえがこんなに馬の役が似合うなんて。闘技場ではあれほど勇ましく凛々しかったおまえが、今は男の尻にしかれてお馬の真似をしているなんて。ああ、痛快だわ。ほほほほほほ」
 自失しそうになりながらも、リィウスにも彼女がなかなか美しい女性であることは知れた。ヴェールからこぼれる髪はおぼろげに黄金に光り、うっすら見える目は強烈な自我をひそめた青色である。卵型の貌は目鼻唇がただしい場所についており、典型的な美人と言えるだろう。ややとうがたってはいるようだが、そこには熟成された色香がにじんでおり、男によってはかえって魅かれるかもしれない。
 だが、彼女のそんな並外れた美貌も魅力も、最初からトュラクスにはまったく通用しなかったようだ。
 闘技場で雄々しく戦うトュラクスに気を引かれた彼女の送った恋文を、トュラクスが見もせず突き返したことから、彼女の胸には永遠に消せない憎悪の火が燃えた。
 己を袖にした男を徹底的に破滅させるために、エリニュスは知己ちきであるウリュクセスをも使ってトュラクスの恋人をかどわかし、彼を罠に嵌め、今のこの悲惨な状況へと追いやったのだ。
 かつて都一といわれた戦士に、これほどの恥をあたえて尚、彼女の復讐心はすこしも癒されることなく、それどころかさらに狂気にも似た憎悪を燃やし、男として人としても想像を絶するさらなる辱しめをトュラクスにあたえようとしているのがありありと見えた。
 復讐の炎の火の粉はリィウスにまで飛んできた。
「どうかしら、馬の乗り心地は? 悪くはないでしょう? ほほほほ。私に感謝して欲しいわね、リィウス=トゥリアス=プリスクス」
 名を呼ばれたリィウスは硬直した。
 彼女は知っているのだ。リィウスの名を。リィウスが何者であるかも。
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