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恥辱の舞踏 一
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くすくす……。
ふふふふ。
水音にまじって女たちの笑い声がひびく。浴場でラオシンは三人の娘に身体を洗われていた。戒められてはいないが、浴場の入り口には見張りの兵がふたり短剣を腰にして立っており、逃げだす気にはなれなかった。なによりラオシンは疲れきっていたのだ。女たちのなすがままにさせて身体を清められ、布でふかれ、清潔な白布を腰にまかれる。
「さ、まいりましょう、殿下」
「こちらへ」
兵や女たちにかこまれ廊下をすすみ、裏庭に面する渡り廊下につれていかれると、端に立たされ、太陽の光を浴びせられる。
「さ、もっと身をのりだして」
「ほら、こちらも」
「よ、よせ」
腰布を取られてあわてたが、それ以上は抵抗することもできず、娘たちにされるがままに局部に光をあてられる。羞恥をこらえて後ろにも光があたるように身体を回転させられる。一連の行為のあいだ、ラオシンはこみあげてくる怒りをひっしに抑えていた。さすがに娘たちは先日ドドがそうしたようにラオシンの臀部を割るような真似まではしなかったが、洗ったばかりの背に新たな屈辱の汗が浮く。
そうしてマーメイたちの待つ部屋にもどると、そこにはドドとリリ、ディリオスのほかにもうひとり、青い衣をまとった見知らぬ人物がいた。
「殿下、こちらは、ジャハギル。殿下の踊りの先生よ」
「殿下?」
背の高い男はいぶかしんだ顔になり、ラオシンは顔を伏せた。
「ここではそう呼んでいるのよ。あなたもそう呼んでくれる」
「ああ、娼館での呼び名ということね」
ジャハギルは三十代後半ぐらだろうか。八の字のかたちに髭を伸ばしているが、口調がどこか女っぽい。ラオシンは背がうっすら寒くなった。
「それにしても、いい男ねぇ。齢はいくつなの?」
ジャハギルが近寄ってきて、なれなれしくラオシンの裸の胸を撫でまわす。見た目は人並み以上に大柄な男性なのに、薔薇の香料をつけているらしく、きつく香がただよってきて、いっそうラオシンは嫌悪感をあおられた。
「さ、さわるな!」
一瞬、胸のうえを蛞蝓が這いまわったような錯覚を感じ、ラオシンは思わずその手をふりはらってしまう。扉まえに立つふたりの兵が気色ばみ、マーメイの背後に控えているドドが怖い顔になる。
「あら、気が強いわね」
「ちょっとばかりまだ躾がゆきとどいていないの。ここへ来てまだ間もないものだから」
マーメイがとりなすように言いつくろい、ラオシンを見て説明した。
「殿下、この人は踊りの名人なのよ。今は引退して踊りの教師になっているの。これからはジャハギルに踊りを教えてもらうことになるから、師として敬意をはらうのよ」
真っ青になってジャハギルを睨みつけているラオシンの顔を、さらに青くするようなことをジャハギルは口にした。
「殿下という呼び名を持つ理由がわかったわ。この人、ラオシン=シャーディー殿下に似ているわね」
「ええ、そうなのよ。肖像画で見たことのあるラオシン殿下によく似ているから、ここでは殿下と呼ぶことにしているのよ」
マーメイはしらばっくれた顔をし、ラオシンは硬直した。
「二年ぐらい前だけれど、宮廷で侍女たちに舞踏を教えていたとき、庭で遠目に殿下をお見かけしたことがあるの。勿論、じきじきにお会いしたわけじゃないけれどね」
ジャハギルの言葉にラオシンは心の臓が割れそうになった。
万が一自分が本当にラオシン=シャーディーだと知られればどうすればいいのだろう。こんな不様な身の上におちいったことを世間に知られれば、生きてはいけない。
「イブラヒル前陛下に従って狩猟に行かれるときだったのよ。白馬に宝石をちりばめた鞍をのせて、少年らしい薄青の額飾りにおなじお色のお召しものを召されていたかしらね、そりゃ、すごい美少年だったわ。周囲をかこむ小姓たちも皆宮廷で選りすぐりの美童ばかり。皆絹の衣をまとって額飾りには宝石をかざって。でも勇ましいことに手には弓や槍をもって行進するすがたは凛々しくて。一番凛々しいのは、勿論殿下だったけれど」
「よく覚えているわねぇ」
感心したようなマーメイの言葉に、ジャハギルはふやけたような笑みをかえす。
「あんなお姿、忘れられないわ。侍女たちの話じゃ、前陛下は、当時の王太子であらせられたアイジャル殿下が蒲柳の質なのを気に病まれて、いっそ可哀想だがアイジャル殿下を廃嫡して、ラオシン殿下を王太子にしようかと悩まれたこともあったとか。それぐらいラオシン殿下を気に入っていらしたのね。その狩猟の日もアイジャル殿下は熱を出されて寝込んでいらしたというから、無理もないわ」
「……まぁ、そうなの?」
そうだ。英明な伯父王は、国のゆくすえを考え、病気がちで意志薄弱なアイジャルを廃し、ラオシンを王太子にしようかといっときは本気で考えていたのだ。その事実は伯父イブラヒル自身から直接聞かされた。勿論、ラオシンは反対し、自分はアイジャルの臣下として尽くすことが本望だと言いつのったのだ。
(それが、何故こんなことに……。どうして王太后は私を信用してくれないのだ)
ラオシンは無念でたまらない。
ふふふふ。
水音にまじって女たちの笑い声がひびく。浴場でラオシンは三人の娘に身体を洗われていた。戒められてはいないが、浴場の入り口には見張りの兵がふたり短剣を腰にして立っており、逃げだす気にはなれなかった。なによりラオシンは疲れきっていたのだ。女たちのなすがままにさせて身体を清められ、布でふかれ、清潔な白布を腰にまかれる。
「さ、まいりましょう、殿下」
「こちらへ」
兵や女たちにかこまれ廊下をすすみ、裏庭に面する渡り廊下につれていかれると、端に立たされ、太陽の光を浴びせられる。
「さ、もっと身をのりだして」
「ほら、こちらも」
「よ、よせ」
腰布を取られてあわてたが、それ以上は抵抗することもできず、娘たちにされるがままに局部に光をあてられる。羞恥をこらえて後ろにも光があたるように身体を回転させられる。一連の行為のあいだ、ラオシンはこみあげてくる怒りをひっしに抑えていた。さすがに娘たちは先日ドドがそうしたようにラオシンの臀部を割るような真似まではしなかったが、洗ったばかりの背に新たな屈辱の汗が浮く。
そうしてマーメイたちの待つ部屋にもどると、そこにはドドとリリ、ディリオスのほかにもうひとり、青い衣をまとった見知らぬ人物がいた。
「殿下、こちらは、ジャハギル。殿下の踊りの先生よ」
「殿下?」
背の高い男はいぶかしんだ顔になり、ラオシンは顔を伏せた。
「ここではそう呼んでいるのよ。あなたもそう呼んでくれる」
「ああ、娼館での呼び名ということね」
ジャハギルは三十代後半ぐらだろうか。八の字のかたちに髭を伸ばしているが、口調がどこか女っぽい。ラオシンは背がうっすら寒くなった。
「それにしても、いい男ねぇ。齢はいくつなの?」
ジャハギルが近寄ってきて、なれなれしくラオシンの裸の胸を撫でまわす。見た目は人並み以上に大柄な男性なのに、薔薇の香料をつけているらしく、きつく香がただよってきて、いっそうラオシンは嫌悪感をあおられた。
「さ、さわるな!」
一瞬、胸のうえを蛞蝓が這いまわったような錯覚を感じ、ラオシンは思わずその手をふりはらってしまう。扉まえに立つふたりの兵が気色ばみ、マーメイの背後に控えているドドが怖い顔になる。
「あら、気が強いわね」
「ちょっとばかりまだ躾がゆきとどいていないの。ここへ来てまだ間もないものだから」
マーメイがとりなすように言いつくろい、ラオシンを見て説明した。
「殿下、この人は踊りの名人なのよ。今は引退して踊りの教師になっているの。これからはジャハギルに踊りを教えてもらうことになるから、師として敬意をはらうのよ」
真っ青になってジャハギルを睨みつけているラオシンの顔を、さらに青くするようなことをジャハギルは口にした。
「殿下という呼び名を持つ理由がわかったわ。この人、ラオシン=シャーディー殿下に似ているわね」
「ええ、そうなのよ。肖像画で見たことのあるラオシン殿下によく似ているから、ここでは殿下と呼ぶことにしているのよ」
マーメイはしらばっくれた顔をし、ラオシンは硬直した。
「二年ぐらい前だけれど、宮廷で侍女たちに舞踏を教えていたとき、庭で遠目に殿下をお見かけしたことがあるの。勿論、じきじきにお会いしたわけじゃないけれどね」
ジャハギルの言葉にラオシンは心の臓が割れそうになった。
万が一自分が本当にラオシン=シャーディーだと知られればどうすればいいのだろう。こんな不様な身の上におちいったことを世間に知られれば、生きてはいけない。
「イブラヒル前陛下に従って狩猟に行かれるときだったのよ。白馬に宝石をちりばめた鞍をのせて、少年らしい薄青の額飾りにおなじお色のお召しものを召されていたかしらね、そりゃ、すごい美少年だったわ。周囲をかこむ小姓たちも皆宮廷で選りすぐりの美童ばかり。皆絹の衣をまとって額飾りには宝石をかざって。でも勇ましいことに手には弓や槍をもって行進するすがたは凛々しくて。一番凛々しいのは、勿論殿下だったけれど」
「よく覚えているわねぇ」
感心したようなマーメイの言葉に、ジャハギルはふやけたような笑みをかえす。
「あんなお姿、忘れられないわ。侍女たちの話じゃ、前陛下は、当時の王太子であらせられたアイジャル殿下が蒲柳の質なのを気に病まれて、いっそ可哀想だがアイジャル殿下を廃嫡して、ラオシン殿下を王太子にしようかと悩まれたこともあったとか。それぐらいラオシン殿下を気に入っていらしたのね。その狩猟の日もアイジャル殿下は熱を出されて寝込んでいらしたというから、無理もないわ」
「……まぁ、そうなの?」
そうだ。英明な伯父王は、国のゆくすえを考え、病気がちで意志薄弱なアイジャルを廃し、ラオシンを王太子にしようかといっときは本気で考えていたのだ。その事実は伯父イブラヒル自身から直接聞かされた。勿論、ラオシンは反対し、自分はアイジャルの臣下として尽くすことが本望だと言いつのったのだ。
(それが、何故こんなことに……。どうして王太后は私を信用してくれないのだ)
ラオシンは無念でたまらない。
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