サファヴィア秘話 ー闇に咲く花ー

文月 沙織

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恥辱の舞踏 二

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「だったら、さぞ王太后は気をやきもきさせたことだろうな」
 ディリオスの言葉にジャハギルは大きくうなずいた。
「侍女たちの噂では、たいへんだったそうよ。嘘か本当か、前陛下のお病は王太后のさしがねではないかと、あら、これはまずいこと言ったわね」
 ラオシンは目をつりあげていた。
(そんな噂も聞いたことはあるが……)
 頑健だった前王は、ある日突然具合が悪くなり、七日間寝込んだのちに亡くなったのだ。急逝きゅうせいといっていいだろう。そのころ、毒殺の噂は宮廷でもささやかれていた。だが、まさか妻である王太后エメリスが手を下したのだろうか。
「でも、まぁ、どうにか無事アイジャル様が王位につかれ、成人の義もこなされたし。そういえば、今ラオシン殿下は成人の義を終えられてから王族の眠る北の山の御陵墓ごりょうぼへ墓参りを兼ねて遠出なさっているらしいわ。しばらくは都にも帰ってこないそうよ」
 自分のことはそう世に伝えているらしい。ラオシンは、いっそ自分がラオシン=シャーディ王子だと彼に告げたい気持ちでいっぱいになったが、会話をさえぎるようにマーメイが言葉をはなった。
「まぁ、そんな雲の上の世界のことは私たちにはどうでもいいわ。それよりジャハギル、この殿下をびしびし仕込んでちょうだい」
 ラオシンを見るマーメイの黒曜石の目は、よけいなことは言わないように、と冷たく訴えていた。
「まかせて。では、殿下、質問よ。今までに踊りの経験は」
「つ、剣舞つるぎまいなら、多少は」
 剣舞は武芸にも通じ、ラオシンも稽古をつんだことはある。
「素質はありそうね」
「でも、剣舞はぜったい駄目よ」
 満足そうに微笑むジャハギルにマーメイは首をふる。ラオシンに剣をもたせることなど、あり得ないと言わんばかりだ。
「この殿下に教えるのは、客を誘惑するための踊りなのよ」
「わかったわ」
 予想していたのだろう、ジャハギルはあっさりとうなずくと、卓のうえに置いてあった彼の持ち物らしい黒い箱をあけると、中のものを取り出した。
「ね、マーメイ、これなんかどうかしら?」
 完全に女の口調だった。ジャハギルはそういうたぐいの男なのだ。
 ラオシンは見慣れない生き物を見た恐怖心と、生理的な嫌悪に後ずさりたくなるのをどうにかこらえた。
「あら、いいわねぇ」
 マーメイの笑いにラオシンは背に怖気おぞけが走るのを感じた。
 さらにマーメイは手に持っているものをラオシンをふくめ、全員に見えるようにひろげ、室に嘲笑のうずをひきおこす。
「あら、いやだ」
「まぁ、ふふふ」
 リリやサーリィーがくすくす笑い、ドドは身を乗りだすようにし、ディリオスは眉をゆがめる。
 ラオシンは全身がわなわなと震えるのを自覚した。
 マーメイが見せびらかしているのは桃色の女人にょにん用の腰布だった。
 さらによく見ると、切れ込みがかなり深く、まとえば横から脚が丸見えになりそうだ。ラオシンは勿論行ったことはないが、安酒場で客に媚びを売る最下級の売春婦がまといそうなもので、怒りと屈辱に真っ赤になった。
「そ、そんなものが、まとえるか!」
「あら、これ、嫌なの? じゃ、丸裸で踊るほうがいい?」
 ジャハギルはまじめな顔で問う。マーメイからの仕事を引き受けるだけあって、この女のような言葉づかいをする男も、どこか残酷なところがあるようだ。彼らには正義も道徳も意味はなく、ただ金と力を絶対の法律とみなして生きているのだろう。
 ラオシンは言葉が出せず、ただふるえた。
「ね、裸はさすがに嫌でしょう? わがまま言わずこれをまとうのよ。さ、それも取って、取って」
「うわ!」
 ジャハギルの毛深い手がラオシンの腰布の結び紐に伸ばされ、ラオシンはあわてた。
「ドド、手伝っておやり」
   すかさず、マーメイが命じる。
「へい」
 ドドは喜びいさんでラオシンに駆け寄り、ラオシンをはがいじめにする。
「は、はなせ! よせ!」
「さ、ジャハギル先生、とってやってくださいよ」
「いい、殿下、ほどくわよ」
 そんなことを訊く意味もないはずなのに、はがいじめにされたラオシンにわざとらしくたずねると、ジャハギルはゆっくりと紐をほどく。
 くねくねと動く腕や指は、どこか海中でゆらめく海蛇をおもわせ、ラオシンはいっそう不快になり、いっそう怯えた。
 マーメイ、ドド、リリ、ジャハン、そしてジャハギルと、まともでない連中につぎつぎと異常な行為を強いられ、このさき自分はどこまで壊されていくのか。ラオシンは絶望の深海に沈んでいく気がした。
「よ、よせ、来るな。私にさわるな!」
 無我夢中になってもがいていると、ふとディリオスと目が合う。
 彼からも手酷てひどい辱しめを受け、体毛を剃られるという恥辱を受けたが、それでも皆がおもしろそうにラオシンの嫌がる顔を笑って見ているなか、彼の目だけは冷めていた。彼だけはこの淫虐いんぎゃくの輪にはいらず、一歩ひいて冷ややかな目でラオシンや、ラオシンにむらがる野獣たちを観察するように眺めている。
 勿論、彼もまた野獣の群のうちの一匹なのだが、ラオシンは溺れる者が一本の藁を当てにするように、最後の救済をもとめて、ディリオスにすがるような目を向けていた。
 昨日までのラオシンなら、敵に情けを乞うような真似はぜったい出来なかったろう。それほどに今は追い詰められているのだ。
 だが、ラオシンの視線を受けたディリオスは、相変わらず石のようにそこに突っ立っているだけで一歩も動くことなく、ただ、ラオシンに向かって、俺にはどうしようもない、というふうに首をふる。
「ああ……」
 ラオシンの命がけのような抵抗もむなしく、腰の布を完全とられてしまい、そこに風を感じた。
「あら、殿下、毛を剃られちゃったのねぇ。でも、可愛いわ」
 ジャハギルの声に驚愕がないのは、こういうものも見慣れているのだろう。ラオシンはよってたかって抑えこまれ、恥部をさらけだされ、しかもそこを鑑賞されるというはずかしめに歯ぎしりした。あつかましいことに、ジャハギルはラオシンのおびえる雄芯を太い指でつつく。
「くーっ!」
 しばしラオシンの反応を楽しんだジャハギルは、ラオシンの前方にしゃがみこんで、いっそう楽しそうにその女物の桃色の腰布をラオシンの身体にまとわせていく。またも、ゆっくりとした、じらすような動作で。
「殿下、下帯をまわすから脚をもう少し開いて。あら、駄目よ、そんなしっかり閉じちゃ」
「うう……」
「往生際が悪いわねぇ。あんたたち、手伝ってよ」
「はーい」
 女たちがおもしろがって左右から脚を開かせたはざまに、ジャハギルが桃色の帯布をまわしこみ、その端にある紐をラオシンの腰にまわした帯につなげ、きゅっ――と、音がたつほどに思いっきり紐をひっぱる。
「うっ!」
 股間をしめつける刺激にラオシンはのけぞった。
「ああ……」
 さらにもだえるラオシンの前後を、おなじく薄い桃色の布でおおう。
 前と後ろは下までおおわれたが、左右のところの深い切り込みのため肌があらわになり、すらりとした脚が見えそうで見えないところがなんとも煽情的だ。
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