昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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雨夜の帰還 三

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 たおやかという言葉は、本来なら男性にはつかわないものだが、仁にかんしては、そうとしか言いようのない雰囲気がある。都や母や叔母、親族や華族の令嬢、令夫人たち、たまに家に挨拶に来る父の贔屓の芸者たちとくらべても、仁ほどに、たおやかという言葉がふさわしい人を望は知らない。
「久しぶりだね、望君」
 琥珀色めいた仁の瞳が望を見つめかえしている。昼間の夢を思い出し、我知らず望は赤面する。自分がどんな妄想を、この目の前の貴公子然とした親戚にいだいているか知れば、相手はどう思うだろう。
「本当に、すっかり大きくなったね」
 仁が目を細めて言うと、茶化すように勇が口をはさむ。
「だが、まだ声変わりしていないのだな」
 望はややむくれた。
 中等部にあがったころから、つぎつぎと友人たちの声が変わっていくなか、望にはまだそのときは訪れていなかった。そのことは望にとってはひそかな焦りでもある。 
「そのうちすぐに変わります」
 やや反抗的に勇に応えた。
「いいじゃないか。望君の声は綺麗なのだから。私は望君の声、好きだよ」
 そう仁に言われると、もう一生声変わりなぞしなくて良いかも、と本気で思うのが、少年の愚かさと無邪気さなのかもしれない。
「まぁ、まぁ、勇様。仁様も、そんなに濡れて。お身体に毒ですわ、すぐお上がりください」
 ほとんど足音をたてずに、いつの間にか都が玄関にあらわれていた。
「おやおや、いきなりお小言か。早々それはないだろう、都」
 勇が肩をすくめた隣で、仁はまぶしげな目をする。
「ああ、都さん、相変わらず着物姿がお美しいですね。貴方を見ると、日本に帰ってきたと実感します」
 仁は都を〝さん〟づけで呼ぶ。仁は親戚であっても他家の使用人には礼儀を忘れない。
「こんな安物の着物なぞ、着物のうちにはりませんわ。これは仕事着でございます。東京の奥様や清様、これからは社交界のお嬢様方のお美しい着物姿をたんとご覧になれますわよ」
 そうは言いつつも、都は嬉しそうで、色白の頬はいつにもまして若々しい。
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