昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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牡丹の闇 七

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 仁が苦しげに言葉をつむぐ。
「し、死のうとしたわけではない……。か、彼女は悩みをかかえていて……、前から思い悩んでいて……」
「それで、貴様に心中をもちかけたのだろう? それに乗った貴様も貴様だ。相馬家の面汚しめ」
 怒鳴りはしないものの、言葉にはいいようのない毒々しさがにじみ出ている。
 つっぷしたまま首を左右に振る動作から、「ちがう、ちがう」という想いがつたわってくる。
 望は思いもよらない事実に驚きっぱなしだ。
 だが、よくわからなかったことがだんだん理解できてきた。仁の除隊の理由はそこかもしれない。勇の苛烈な仕打ちの原因も、仁が女性に想いを懸けたせいだろう。
 勇叔父は仁が好きなのだ。
 本で読んだことがあるが、衆道というものかもしれない。
 仁は、どんな顔でその異国の女性に愛を囁いたのだろう。望は想像して、唇を噛んでいた。
 相手は商売女のようだが、仁の性格からして、そんな女性でもそれなりに情を持っていたに違いない。
 仁が決して、ただ金で女を買って一夜だけもてあそんでそれで終わりだと割り切るような男ではないことは、使用人への態度や、幼いころの記憶にある、宴の席での芸者たちへの態度でもわかる。
 二人が大陸へわたるまえのことで、望がまだほんの子どもだったころ、実家で芸者をよんで客の男たちをもてなしたことがあった。大人の男ばかりの奥座敷での騒ぎを、幼い望は好奇心でこっそりのぞきに行った。
 酒のまわった客たちが恥もなく芸者と戯れているときに、仁だけは端正な居ずまいをくずさず、乱痴気さわぎから一線を引いていた。そんな怜悧さに焦がれた芸者の方がしなだれかかってくるのを、やんわり、相手に恥をかかさないようにして宥めて距離をくずさなかった仁の様子は、洗練の極みだった。
 商売女のたぐいであっても蔑まず、どんな相手でも礼儀を尽くす、今の時代には珍しいほどに紳士的な仁が、異国の地で娼婦のような女性と生き死にかけてかかわったということは、きっとそれなりに情愛があったにちがいない。
 そう思うと、またも望の胸は痛み、やきもきし、苛々してくる。
「こんな、女のように白い肌で、こんな柔らかい肉で……! よくも……よくも俺を裏切ったな!」
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