昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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夏前の夜 八

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「さぁ、この可愛いお姫様を、どう料理するか?」
 残忍そうに笑う勇は美しい鬼のようだ。
「真面目そうな坊やだが、やっぱり男だったら、むらむらしてくるときもあるだろうに? そういうときは、女郎屋へでも行くのかな? なぁ、香寺君、君はもう女を知っておるのか?」
 雨沼はいやらしく笑った。
 香寺は己を金で買った男を見つめている。恨みと怒りにしっとり濡れた瞳は、どれほど痛ましく美しいだろう。望は、もし自分が香寺にそんな目で見られたら、と思うと堪らない。
「そ、そんなところに行ったことなど、ありません。ひ、人を金で買うことなど、私には絶対できない」 
 その言葉には、雨沼や勇にたいする反抗と軽蔑が込められていた。
 雨沼の身体が小刻みに揺れて見えるのは、笑っているからだろう。おもしろくてならぬ、というように、この当代有数の金満家は全身で哄笑しているのだ。
「では、君はまだ童貞か? 儂も運が良いな。君の初めての相手は儂か、それとも相馬中尉になるのだな」
 香寺の細い身体が震えるのがまた知れる。
「儂のような年寄りが最初の相手ではちと不憫だしな。どうかな、中尉? 君がまずは味見をしてみては?」
「それは、うれしいな。こんな可愛い人を味見できるとは」
 鬼たちの会話はつづく。
「だったら、なおさら良く見せてほしいものだ。後ろを向いてみろ」
 馬か牛を品定めするように勇が告げ、香寺はぶるぶると屈辱にふるえながら、それでも後ろを向く。
(あっ……)
 ガラス窓が見せる妖しい影に望は呆然とした。
 横側から見えていたのとはまた違う面を見ることで、また違う感興をおぼえ、望の胸は高鳴る。
「後ろ姿も美しいな。やっぱり先生は姿勢がいい」
 勇の言うとおり、こんなときでも香寺の身体すらりと伸びて見栄えが良い。勇や仁の背もいつも伸びているが、二人のように武道で身につけた骨格のただしさとはまた違い、香寺の背は、しなやかさが勝る美しさをにじませている。
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