昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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夏前の夜 九

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 見ていて望は少しやるせない。
 窓の向こうにある美しい身体は、すぐそこにあっても望の手には入らない。望にとっては哀しい幻である。
「ふむ」
「ああっ」
 勇の袖が香寺の臀部へと伸びているのが見えた。
「しまりが良さそうだな」
「は、はなせ!」
 尻たぶをひねるようにつかまれ、さすがに香寺は逆上して、叫んだ。
「案外じゃじゃ馬だな。あんたは、ちょっと仁と似ているところがあるな。あれも、一見おとなしげに見えてけっこうなじゃじゃ馬だが。まぁ、軍人だから大人しいだけでは務まらないがな」
「美貌の相馬仁も、いつか儂の酒の席に招きたいものだな」 
 夢見るように呟く雨沼に、勇はちらりと冷たい一瞥を向けた。仁にはやはり格別の想いがあるのだと、少年の望も察することができた。
 華族であり今はまだ帝国陸軍中尉である仁を男娼のように扱うことはできないが、目の前の香寺ならば、金の力にものいわせ、今夜は自由にできる。雨沼の冷酷そうな目が欲望にたぎっていることは、望にも想像できる。
「可愛い尻だ」
「ああっ……」
 香寺の怒りなどものともせず、勇は身をかがめると、白い果肉を両手で割ろうとした。
「い、いや! こ、こんな、こんなことは、嫌です!」
 金で買われたとはいえ、勇や雨沼の行為は、香寺のような潔癖で純粋な青年――にもまだなりきっていないが――には、許容できることではないのだろう。
 そして、雨沼のような男には、香寺の初心うぶさ、純情さがたまらなく面白いのだ。
 この動乱の時代に、金だけを唯一の正義、信仰として生きてきた男である。
 雨沼の父親は地方の一素封家だったそうだが、彼の代になってからは地方の一企業が全国的に事業をくりひろげるまでに成長し、昨今は兵器産業にもかかわり、いっそう手びろく金儲けをするようになったという。
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