昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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時分の花 三

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 望は心臓が止まるかと思った。
 しばし緊張のあまりその場に固まってしまっていたが、再度、声は響いてくる。
「そこにいるのは、わかっているのだぞ。入ってこい」
 勇の声は笑いを含んでいる。
 怒りがないことにやや安堵したが、この状況で室内に入ることなどできない。
 それでも声はせかす。
「望、入ってこい」
 名を呼ばれたことで呪文をかけられたように、望はしびれる足でおずおずと立ちあがり、震える手で障子を開けた。
 香寺の息を呑む音が耳に響いてきそうだ。
 望も香寺の顔を見る勇気はなかった。
 ふらつく足で畳の上をすすむ。
「そこへ座るがいい」
 勇が指し示したのは、ちょうど雨沼の向かいになる場所で、先ほどまで勇が座っていた場所だ。
 命じられて望は座布団の上に正座した。すぐそばには全裸の香寺が伏せているのだ。異常な状況に背に汗を感じる。
「君は……、相馬さんの息子さんだったかな?」
 雨沼の声より、香寺の低い嗚咽が耳につんざく。
「は、はい。そ、相馬望です」
 向かい合ってみると、太った初老の男でああっても、雨沼大蔵はやはり貫録がある。
「ふむ。なかなか可愛い子だな。行く末が楽しみだね、中尉?」
「まったくです。自慢の甥っ子でして」
「君は将来、軍に入るのかね?」
「い、いえ、今のところ考えていないです」
 今、自分たちは香寺の存在をまったく無視して会話をしているのだ。それはひどく傲慢で残酷な仕打ちに思える。終わることのない香寺のすすり泣きを切なく聞きながら、望は自分もまた残酷な連中のなかに入ろうとしている気がした。
「兄は、こいつを軍人にする気は毛頭ないようですよ」
「華族の若様だからねぇ」
 にやにやと笑いながら二人の男は、まるで望を値踏みするように語りあう。
「歳はいくつかな?」
「じゅ、十五、……もうすぐ十六になります」
「それなら、こういうことに興味がある歳だな」
 雨沼の厚い唇が嘲笑に開き、望はいたたまれなさに身をこわばらせた。
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