昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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美しきとき 一

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「どうだ? 香寺君の様子は?」
 その日、望と勇はつれだって郊外にある雨沼の屋敷に来ていた。
 屋敷といっても本宅ではない。雨沼が個人的な時間をゆっくりとたのしむときに使う別荘のようなものだという。
 通された和室には、どことなく雅な香りがただよっていた。沈香を焚いているようだ。
 床の間を背にして和服姿で胡坐をかいている雨沼のまえに、勇と望はならんで座った。
「元気にしていますよ」
 望は澄まして答えた。
 こうして雨沼のような底知れぬ妖気を持つような男をまえにしても、ふしぎと緊張せず平気で茶をすすっている自分は、わずか半月ほどですっかり変わってしまったのだと自覚した。
「具合は……、どうだ?」
 雨沼は、にんまり笑って訊く。
 それだけで意味するところがわかり、望もまたにっこりと笑って答えた。
「いいですよ。とても」
 雨沼の豪快な笑い声に、勇の声がつづく。
「そうか? 良いか?」
「ええ、最高です」
「そのうち儂もあらためて味わいたいものだな」
 雨沼の尻馬に乗るように勇が言う。
「俺もまたご相伴にあずかりたいなうくち」
 望は首を横にふった。
「それは駄目です。いえ、まだ、雨沼さんを満足させるほどにまでは熟していないですよ。もう少し僕にまかせてもらえませんか?」
 それはまさに魔王と悪魔と小悪魔の会話だった。
「熟す、とは面白いな。では、もう少し待つか」
 満足そうに笑う雨沼の背後の床の間に飾られている絵に、望の目がとまった。
 柱とおなじ北山杉で造られた床の間には孔雀尾文の葆光彩磁ほこうさいじの花瓶が目立つ。だが、さらに望の気を引いたのは、掛け軸に貼られてある絵である。
 人物画であり、上半身をあらわにした着物姿で、ひどくしどけない様子である。左手には鬘があり、右腕あたりに蛇がからみついているのが不気味でもあれば、ひどく妖美感にあふれている。蛇を恐れるどころか、笑っているようで、しかも手にからみつく蛇は、目を凝らしてみると双頭である。
 一瞬、女性の絵かと思ったが、役者、つまり女形の絵だと雨沼が説明した。
「望君もこの絵の美しさがわかるのかね?」
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