昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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再生の日 十

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 売っていた、というのが芸者としての人気や名声なのか、別の意味なのかは判らない。
 もう勇は望のことを子ども扱いしない。そのことが嬉しいとは思えない自分がいる。
 父は章一をここに置いておくとよくないと言って彼を車に同乗させ、望には、ここにいて祖父の様子を見るようにと言いおいて帰っていった。
 大人になった――なりかけている少年と、少年の世界をまだ当分出そうにない少年たちの道は、そこで分かれている。
 自分はもう大人の世界に入ってきていることを誇りに思うより、父に肩を抱かれて、ともに帰っていった従弟を羨む気持ちの方がつよいのだ。
 望はなんとなく面白くない心持ちで、屋敷を眺めた。あの屋根の下、襖の向こうで、今も淫らにからみあっている老いた男と淫らな女が憎らしくなる。思えば、彼らが最初に自分の子ども時代をこわしたのだ。
「……あの人が、都も芸者だったと言っていたよ」
 玉砂利を踏みしめながら、望は呟くように言った。
「そんなことまで言ったのか? 余計なことを言う女だな」
 午後の光のなか、眩しげに目を細めた勇の口調に怒りはない。
「もう昔のことだがな。都はもとは士族の家の娘なのだが、親を早くに亡くして芸者になったそうだ」
「……玉虫……だったかな? そんな源氏名だったとか言っていたよ。変な名前だよね」
 望は無理して笑ってみせた。
「なんでも、岡本綺堂の『平家蟹』という戯曲からとったそうだ。玉琴、玉虫という名の姉妹が出てくるらしい。二人とも芝居好きでな、大阪でその芝居の初演を観て、玉琴、玉虫という源氏名に決めたそうだ。玉琴、玉虫という美人芸者がいると評判になって、親父の座敷にも幾たびか呼ばれたらしい」
「ふうん……。それで、玉琴……さんは、お祖父様と……?」
 勇も屋敷の方に目をやり、数秒黙りこんでから口を開いた。
「まぁ、もう話してもいいかと思うが、最初は玉虫、つまり都が親父の世話を受けたのだ」
 予想はしていたので、望はさして驚きはしなかった。玉琴も、自分に旦那を取られたからとかいうようなことを言っていた。
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