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秘密 一
しおりを挟むやたらにだるくなったのだ。
朝になっても起きれず、食欲もなく、半日だらだらと寝て過ごすような状態になった。それでいて夕方になると異常に性欲がたかまり、仁を凌辱せずにいられない。
屋敷には、もはや望に意見や注意などする者もなく、望はつねに自分のしたいようにふるまった。
起きたい時間に起き、食べたいときに食事の用意を命じた。もっとも、食欲はさほどなく、出された料理もさほど美味しいとは思わなくなっていた。
それでも不思議なことに欲望は少しも衰えず、仁を思うがままにあつかった。
仁ももはやあきらめて抵抗しない。
泥水に沈んで腐った夢を見ているような、懶惰の極みのような日々をおくっていた。
さすがに八月も終わりに近づいてきたころ、その日も昼過ぎに起きた望は喉のかわきをおぼえた。
ふらふらと襖をあけ廊下に出る。
台所に向かっていたが、通り過ぎようとした部屋の障子が、わずかに開いているのが目に入った。
べつに用もないが、ふと気を引かれて通りすがりに目をやると、掃除か虫干しでもしていたのか、室のなかは、さまざまな道具や書物であふれていた。
好奇心に惹かれて望は室に入った。
低い和机の上には書類や手紙が、整理しなおすためにか取り出されて並べられている。
書類の束の上にある、一枚のひどく古びた新聞紙に目をひかれた。興味がわいた望は新聞の粗い写真を見つめた。
記事は芝居の初演に関するものだった。
岡本綺堂の新作――近在の旦那衆も美しい芸奴らをつれて観劇に……彼女らはみな芝居絵のごとく美しく……。
望は息を呑んだ。
ひどく古びた新聞だが無理もない。日付を見ると明治のものである。
(これは……これは……どういうことだ)
望は手が震えるのを止めれなくなった。
望が古びた紙の上に見たのは、望自身の今までの人生も、これから先の未来も、すべてを打ち砕くものだったのだ。
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