昭和幻想鬼譚

文月 沙織

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玻璃の夢 三

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 影が走りぬけ、そこに僕が見たのは、望だった。
 あの、最後に見たときのままの少年だった。望の時は止まっていたようだ。
 望が都に向かって、燭台を振り上げていた。
 ちょっとした骨董品である燭台は、かなり大きく重い。
 その燭台を都の頭上に力任せにぶつけたのだ。
 辺りに血が飛び散る――。
 僕は夢を見ているようだ。それは、もしかしたら、十数年以上むかし、この屋敷で起こったことだったのかもしれない。
 都は頭から血を流して畳の上に倒れたが、別の女が望に躍りかかった。
 玉琴だ。祖父の屋敷にふらりと現れ、人目もはばからず、老いた祖父にしなだれかかっていたという芸者である。
 なんとなく、これは本当にかつてこの屋敷で起こったことなのだと実感した。
 どういう理由でかはわからないが、望が逆上し、女たちと争い、傷つけあい、結局、望は死んだのだろうか……。もし、そうなら、望の遺体はこの屋敷のどこかに隠されているのか、庭に埋められているのか。
 ふと気づくと、血にまみれた都のとなりに、望が立っている。都もまた死んだのだろうか。
 戦中、戦後の目まぐるしい混乱の日々のなか、他家の女中頭のことなどすっかり忘れていた。
「望……ちゃん?」
 僕は霞のようにおぼろな望の幻影に向かって声をかけていた。

 僕は死んではいない……いや、かつての僕らの考えでいう肉体の消滅が死だという定則にのっとっていうなら、死んだかもしれないが、精神……、魂はまだ死んではいない。
 僕はここで待っていたんだ。
 今の僕はひどく弱い存在――といっていいかどうかもわからないが――で、この屋敷から抜け出すことができない。
 だから、僕は待っていた。ここから僕を連れ出してくれる人間を。
 章一が来てくれるなんて、おあつらえ向きだ。しかも、すっかり大人になって、立派な身体になっている。相変わらず細いけれど。
 そして、僕は、章一の身体を手にいれた。
 肉体はまぎれもなく章一だ。
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