26 / 77
26.蜜の味の伝説
しおりを挟む
さとるが踏み込んだ時には、激しい乱闘騒ぎに入っていた。
二階の踊り場に、ごちゃっと人が居るが、燃えてるやつもいるし、サーファは倒れているし。
灯油臭と爆発音で、まちがいなくますみがあばれているなとわかる。
ますみは昔から、即行で爆発物を作るのがうまかった。
危険物が多くてますみがその気なら、車でそのまま室内までつっこむべきだったかもしれない。
敵の数を把握したところで、サシャの叫び声が響いた。
「やめてください!ここを逃げられてもダメなんです!」
ますみの動きが止まる。
サシャが、自分の頭に銃口を向けて、叫んでいたから。
サシャが、さとるとますみの位置を確認しながらじりじりと位置を変えながら、男たちに向かって声をかける。
「私がティールでノウハウパーツの役割を果たしたという情報は入っているのですよね?ええ、この頭の中に、加工方法も兵器への転用方法もあります。私の夫に危害を加えるようなことがあれば、遠慮なく床に脳細胞ごとぶちまけますよ」
さとるとしては、舌打ちしたい気分だ。いつのまにサシャが兵器転用のノウハウをもっていることになったんだ?
それでも、少なくともゼルダの社員にとっては、サシャがノウハウパーツである可能性は高いと思われているようだ。
サシャとメイが優の愛弟子であったことは把握されている。
だが、メイは婚家予定のシューバの元に1月近くも監禁されていた。
シューバとその父のゆがんだ嗜好は有名だったし、薬の打たれ過ぎで正気を失ったようになって病院につながれたことも隠されてはいない。
秘密があったとしたら丸ごと吐いたはずだ、と。
それに、メイは実戦では常に最前線に出てくるのだ、鉄砲玉だろう、と。
それに比べてサシャは温存されていた。
ティールで実演をしたのもサシャなら、今回の取引をもちかけてきたのもサシャだ。
爆発的な拡散力で武装勢力を駆け巡った『優はクリスタに、誰も防御できない兵器のノウハウを隠した』という蜜の味の伝説は、急激に現実味を増したのだ。
サシャの話は、メイがノウハウパーツであるというよりかは、はるかに説得力がある。
サシャが完全なノウハウパーツなら、死なせた途端、一足飛びに他勢力をねじ伏せる絶対兵器を手に入れるというシナリオが潰えるわけで。
サシャの希望はますみの保護と日本への帰国。
だが、ますみ本人が暴れるとは思っていなかった。
しかも、戦闘力がこんなに高いとは聞いていない。
サシャ側の過失だ。傷つけなければ義理は果たしたと言えるだろう。
サシャを刺激するリスクに比べたら、ますみなどどうでもよく思えてくる。
決断したのは、助手席の男だった。
銃口の狙いはそのままに、ますみの耳元でささやいた。
「離れろ。仲間の方へ行け」
ますみが首を小さく横に振って、ますみはサシャに近寄ろうとする。
それを見たサシャは、青い唇を引き結んで、引き金にかけた指に力を入れた。
「サシャ、やめて・・・」
ますみが動きを止めると、男が苛ついたようにますみを階下に向けて小突いた。
「さとるさん、考え直していただけませんか。サーファだけじゃなく、キュニ人の武装勢力まで参戦してきました。優さんがやられたパターンです。逃げられません」
「逃げたきゃ、絶対逃がしてやるから、戻ってこい」
さとるが唸る。
「無理だと言っているでしょう⁈ますみさんの命を捨て駒に、外資にこだわるメイを信用したんですか?メイがどれほど汚らしいかご存知ないの?!私はホゴラシュを信じます!」
☆
遅かった。
追い詰められ、自分の頭に銃口を向けたサシャを見て、メイは体が震えた。
死んで欲しくなかった。
自分が唯一のノウハウ保持者になる恐怖、死ねなくなる恐怖に竦みながら、防御銃をかまえて、サシャを見る。
サシャとメイの目が合うが、サシャは唇を軽く引き結んだだけだった。
「私は、あなたとは価値が違うのよ!優さんは、ノウハウピースに私を選んだ!あなたに教えていない分子設計を私にだけ教えてくれたのよ!今更こんなことを知ってくやしいでしょう?私がうらやましいわよね!」
サシャの台詞自体は、自分が完全なノウハウパーツだと思わせるための演技だけれども、内容ではなくその声で、メイもますみも、サシャが追い詰められた理由の一端を察した。
優がメイだけを信じたとおもったのか?
サシャを信じられなかったから、メイだけを本物のノウハウパーツにしたと?
違うと、言ってあげたかった。
優がサシャに伝えなかったのは、そんな理由ではないと。
「サシャ、違う」
「違わないわ!」
これまでメイに向かって発したことのない、駄々っ子のような叫び。
こんなお芝居、一度でもサシャの頭脳がフル回転しているところを見たことがある人間ならば絶対にごまかされない。
だが、ここに居る男たちは本当のサシャを知らない。
メイにはわかってしまった。
サシャは自分を唯一のノウハウパーツとおもわせるために、メイやますみを無力な子供と見せかけるために死ぬ、という作戦に切り替えたのだと。
「ふざけんなよサシャ、優はいきなり敵に頼み事しろって教えたのかよ!ますみと逃げたきゃ俺らに言えばいいだろう?!すぐにかなえてやるからこっちに来い!」
さとるが、サシャに近づこうとしたせいで、メイの目も敵の目もさとるに引き付けられる。
「だめだ・・さとる。サシャのせいじゃない」
サシャのせいじゃない。刺激してはだめだ。
サシャが自分を撃ってしまう。
優も、自分たちも、サシャを傷つけたのだ。
絶対服従を教え込まれた「夫」を裏切らなければいられない程に。
説得は、無理だ。
階段で小突かれたますみが、たたらを踏みながら降りてくるのを、さとるがかっさらって背後にかばい、そのまま車のキーを押し付ける。
「すぐ外の青い車だ。とってこい。俺はサシャを取ってくる」
「どうやって⁈」
「引きずってだよ!お前、最悪まだ暴れられるよな。メイ!サシャの銃口はずさせろ!」
メイ?はずさせろ?あ、防御銃?
二階の踊り場に、ごちゃっと人が居るが、燃えてるやつもいるし、サーファは倒れているし。
灯油臭と爆発音で、まちがいなくますみがあばれているなとわかる。
ますみは昔から、即行で爆発物を作るのがうまかった。
危険物が多くてますみがその気なら、車でそのまま室内までつっこむべきだったかもしれない。
敵の数を把握したところで、サシャの叫び声が響いた。
「やめてください!ここを逃げられてもダメなんです!」
ますみの動きが止まる。
サシャが、自分の頭に銃口を向けて、叫んでいたから。
サシャが、さとるとますみの位置を確認しながらじりじりと位置を変えながら、男たちに向かって声をかける。
「私がティールでノウハウパーツの役割を果たしたという情報は入っているのですよね?ええ、この頭の中に、加工方法も兵器への転用方法もあります。私の夫に危害を加えるようなことがあれば、遠慮なく床に脳細胞ごとぶちまけますよ」
さとるとしては、舌打ちしたい気分だ。いつのまにサシャが兵器転用のノウハウをもっていることになったんだ?
それでも、少なくともゼルダの社員にとっては、サシャがノウハウパーツである可能性は高いと思われているようだ。
サシャとメイが優の愛弟子であったことは把握されている。
だが、メイは婚家予定のシューバの元に1月近くも監禁されていた。
シューバとその父のゆがんだ嗜好は有名だったし、薬の打たれ過ぎで正気を失ったようになって病院につながれたことも隠されてはいない。
秘密があったとしたら丸ごと吐いたはずだ、と。
それに、メイは実戦では常に最前線に出てくるのだ、鉄砲玉だろう、と。
それに比べてサシャは温存されていた。
ティールで実演をしたのもサシャなら、今回の取引をもちかけてきたのもサシャだ。
爆発的な拡散力で武装勢力を駆け巡った『優はクリスタに、誰も防御できない兵器のノウハウを隠した』という蜜の味の伝説は、急激に現実味を増したのだ。
サシャの話は、メイがノウハウパーツであるというよりかは、はるかに説得力がある。
サシャが完全なノウハウパーツなら、死なせた途端、一足飛びに他勢力をねじ伏せる絶対兵器を手に入れるというシナリオが潰えるわけで。
サシャの希望はますみの保護と日本への帰国。
だが、ますみ本人が暴れるとは思っていなかった。
しかも、戦闘力がこんなに高いとは聞いていない。
サシャ側の過失だ。傷つけなければ義理は果たしたと言えるだろう。
サシャを刺激するリスクに比べたら、ますみなどどうでもよく思えてくる。
決断したのは、助手席の男だった。
銃口の狙いはそのままに、ますみの耳元でささやいた。
「離れろ。仲間の方へ行け」
ますみが首を小さく横に振って、ますみはサシャに近寄ろうとする。
それを見たサシャは、青い唇を引き結んで、引き金にかけた指に力を入れた。
「サシャ、やめて・・・」
ますみが動きを止めると、男が苛ついたようにますみを階下に向けて小突いた。
「さとるさん、考え直していただけませんか。サーファだけじゃなく、キュニ人の武装勢力まで参戦してきました。優さんがやられたパターンです。逃げられません」
「逃げたきゃ、絶対逃がしてやるから、戻ってこい」
さとるが唸る。
「無理だと言っているでしょう⁈ますみさんの命を捨て駒に、外資にこだわるメイを信用したんですか?メイがどれほど汚らしいかご存知ないの?!私はホゴラシュを信じます!」
☆
遅かった。
追い詰められ、自分の頭に銃口を向けたサシャを見て、メイは体が震えた。
死んで欲しくなかった。
自分が唯一のノウハウ保持者になる恐怖、死ねなくなる恐怖に竦みながら、防御銃をかまえて、サシャを見る。
サシャとメイの目が合うが、サシャは唇を軽く引き結んだだけだった。
「私は、あなたとは価値が違うのよ!優さんは、ノウハウピースに私を選んだ!あなたに教えていない分子設計を私にだけ教えてくれたのよ!今更こんなことを知ってくやしいでしょう?私がうらやましいわよね!」
サシャの台詞自体は、自分が完全なノウハウパーツだと思わせるための演技だけれども、内容ではなくその声で、メイもますみも、サシャが追い詰められた理由の一端を察した。
優がメイだけを信じたとおもったのか?
サシャを信じられなかったから、メイだけを本物のノウハウパーツにしたと?
違うと、言ってあげたかった。
優がサシャに伝えなかったのは、そんな理由ではないと。
「サシャ、違う」
「違わないわ!」
これまでメイに向かって発したことのない、駄々っ子のような叫び。
こんなお芝居、一度でもサシャの頭脳がフル回転しているところを見たことがある人間ならば絶対にごまかされない。
だが、ここに居る男たちは本当のサシャを知らない。
メイにはわかってしまった。
サシャは自分を唯一のノウハウパーツとおもわせるために、メイやますみを無力な子供と見せかけるために死ぬ、という作戦に切り替えたのだと。
「ふざけんなよサシャ、優はいきなり敵に頼み事しろって教えたのかよ!ますみと逃げたきゃ俺らに言えばいいだろう?!すぐにかなえてやるからこっちに来い!」
さとるが、サシャに近づこうとしたせいで、メイの目も敵の目もさとるに引き付けられる。
「だめだ・・さとる。サシャのせいじゃない」
サシャのせいじゃない。刺激してはだめだ。
サシャが自分を撃ってしまう。
優も、自分たちも、サシャを傷つけたのだ。
絶対服従を教え込まれた「夫」を裏切らなければいられない程に。
説得は、無理だ。
階段で小突かれたますみが、たたらを踏みながら降りてくるのを、さとるがかっさらって背後にかばい、そのまま車のキーを押し付ける。
「すぐ外の青い車だ。とってこい。俺はサシャを取ってくる」
「どうやって⁈」
「引きずってだよ!お前、最悪まだ暴れられるよな。メイ!サシャの銃口はずさせろ!」
メイ?はずさせろ?あ、防御銃?
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
13
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる