手負いですが恋愛してみせます ~ 痛がり2 ~

白い靴下の猫

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人類の進化系

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もちろん、というのもおかしいが、想像に難くなく。
KOされているのはさとるの方だった。

キッチンで、ビールを煽ろうとすると、横から2本、手が伸びてきて、先にとられた。
一本はあかり、もう一本はマッド。

3人とも、なんとなく、それぞれ自分のパートナーと行き違っただろうことは察した。
あかりに至っては、強制退院してきてまもないと言うのに酒飲んでいいのか?

あかりが昏い目できく。
「自分のペアとの失敗ネタ、簡潔に語れるヒト、いる?」
さとるが顔を伏せたまま右手を上げる。

「はい、神崎さとる君」
あかりが手のひらを上に向けた指先でさとるをさす。

「メイ、な、傷跡も消えて元気になって、すごくきれいになったと思う訳。でも、未だに俺のこと置いて遠くに行きそうな目するからさ、もうどこへでも行けるもんな、って拗ねたの。そしたら、出てけってことかって。3年『も』一緒にいられて浮かれていたって謝って、『まだ』一緒に居られると言えって泣きそうになった」

「うわ、それは、年月比例でダメージ来ますね」

「あんなに綿菓子みたいな甘そうなムード出しといてそれか。あんたパニックにならないだけで偉かったわよ」

「あと、髪が顔にかかって邪魔だから、水でぺたってやろうと思って、水溜めたらさ、顔をむりやり浸けられるって思ったみたいで神妙な顔で強ばって。しかも、そう思ったこと自体、俺が怒ると思ったみたいで、言わないの」

「ま、まぁ、それはさとるさんのせいというより地域柄かと。簡単に痛めつけられるので、躾と称してよく死亡事故おこしていますよ?」

「ま、マッドさん、フォローになってないかも。そういう事故知ってて、痛めつけられた挙句、死にかねない状況想像して神妙って・・・殉教か?!」
はぁ。さとるがため息をつく。

「なぁ、俺ってそんなに優しくないかな。そりゃ、出会いがしらからSM好きとか誤解されてたくらいだし、はじめはちょっと怖がらせちゃったけどさ、最近はうんと甘々にして・・喜んでくれてるように見えたんだけどな」

「あー、やさしい、あんたは優しいよ」
「はい、ちょっと環境が優しくないだけで、さとるさんは優しいですよ」

「ありがとよ。はぁ。んで、畑里はどうしたって?」

「こっち?シューバのキレるツボが読めなくてさぁ。細やかじゃない自覚があるだけに二の足ふんでる」

「あー。お前の『好き』は質より量、って言われてたもんな」

「うっわ、懐かしいフレーズを・・どこから聞いたのよ!」
仲良かったハズの男友達にいきなりもう会えないとか言われた時の捨て台詞だ。

「畑里にアタックしに行って砕け散った中高の先輩がただな。告白とすら気づいてもらえずやけ酒入って、良く泣きながら絡まれた」

「ぐぅ。脳内が平和で銅像レベルに丈夫な学生まで不安定にしてたと?レースグラスより繊細なシューバ相手にして大丈夫なのかしら、私・・」

「でも、シューバの場合は、質より量大歓迎じゃないですか?どの『好き』も足りずに育ったでしょうし。どっちかと言うと、伏線?実はホワイト・プログラム読めてました、みたいな」

「うぅ。それもキツイ。あれには参った。まったく気づかなかった」

「あいつ、無駄に賢いからな。下手になだめるより、暴発させちゃった方が楽なんじゃねーの?」

「あー、うん、わかる。私も似た結論に落ち着いて、ちょっと迫ってみたと言うか、好きにさわらせてみたと言うか・・・」

「なるほど。で?」
「人魚のごとききれいな涙をこぼしたあげく、なんのタメもなく自分の手をテーブルにたたきつけた」

さとるの顔が同情に歪む。
「う、わ。お前んとこのほうがひどいぞ。それはこわいわ」
「でしょ。前もあったのよ。頭の中も好きに触っていいみたいなこと言うからさ、私のこと忘れてクルラちゃんでも撫でたいのかって言ったの。そうしたら、違う事の証明は簡単だってマグカップで指砕こうとした。いや、だから最近紙コップと紙皿にしてたんだけどね」

「・・・継続的、なんですか?あまり良い精神状態ではないですよね」
マッドが心配そうな声を出すが、さとるは手をひらひら振ってそれをいなした。

「メンタル壊れてて先日のあのど迫力じゃ、全快も怖いっての」

ど迫力、か。確かに。
あっという間に敵陣を一掃したゼルダの夜会。
静かなしゃべり口と怜悧な理屈で、あまりに簡単に群衆を割った。

ひれ伏す人間と、あがめる人間。
おもねる人間と、恐怖する人間。
だがどう割れたかが問題なのではない。
だれもが目も耳も心も一斉にシューバの方を向かされてしまい、一瞬で横の連携が消えた。

ホゴラシュの英雄、揺るがない支柱、唯一の希望。
あの未来を害するものが敵だ。
まるで1対1のように、シューバに正面を向かされた彼らは、そう思ったのだ。

「確かに。万が一にでも、あかりさんと破局したら、ホゴラシュの地獄の釜の蓋があきますね」

「地獄の窯どころかアガルタの入り口だろうが、冥府の門だろうが開きまくるだろうな。あいつが壊れたら集団自殺とか起きそうで嫌だ」
まったくもって洒落にならない。

「しばらくはガラス芸術の最高峰だと思って、そおっと扱うわ。で、マッドさんはどうしたのよ」

マッドさんは大きく息を吐いた。
「・・・クルラ、せっかく緩いオピオイドに移行していたのに、強引に強いオピオイド入れられて辛くてね。それなのに、やさしくされると彼女パニックになるんですよ。えーっと、クルラが私に怯え始めたきっかけ、知ってます?昨日もそこに巻き戻っちゃったのですけど」

「知らない。そういえば不思議におもってたの。なにしたの?」
「・・・キスしました、ごく軽いやつ」

ごんっ。
そんな感じで、あかりとさとるが突っ伏した。
「ちょっと待て。好きだって言ってやったんだろ?で、夜、一緒の部屋で過ごしたんだよなぁ?」
「しかも、そこらへん急いだのって、クルラに性依存が入ってる可能性考えたからじゃなかった?!」

「ですねぇ。まぁ、結果性依存はなかったんですが、キスもハグも頭撫でられるのも、下手するとお菓子を買ってあげるのすら『笑ったまま目をあけなくなる魔法にかかる』から嫌だと」
「何ならいいんだよ!」

「・・・総じて言うなら、平穏に目を閉じていられないような悲惨なことなのでしょうけれど。目をつむっていられない程の不快感って、すでに苦痛でしょう?」

もう、フォローのしようもない。
こいつがいちばん難儀だったか。

クルラの心身は、彼女の過ごしてきた暗闇をあまりに素直にうつしとって、彼女を諦めざるを得なかったマッドに見せるのだ。
ノーキンや雁が心配して、もうすこしでいから離れろと言うほどに。

「メイがさ、クルラに優しくする雁さんを見るのが大好きだっていうの。私も、マッドさんがクルラに優しくするのを見ていたいわ。あの子が、綿菓子みたいに笑うのを見たい」
「マッドのメンタルにマグネシウム合金並みの強度がいるがな」

「がんばりますよ。どうせもう二度と諦められませんし」

しんみり。

なんか、三人してそんな気分になったところで、ますみの声が響く。
「さとるー、キッチンにいるー?」
「おう、いるぞ!」
さとるが叫び返すと、ばたばたと二人分の足音が大きくなる。

ますみが、サシャの手を引いて、足音が不思議に思えるほどゆっくり走っていた。

「きいて、きいてー!サシャにねぇ、子どもができた!いまノーキンさんにみてもらった!サシャ偉い、サシャ可愛い、サシャ大好き!今日もがんばったら双子にならないかな?!」

「ま、ますみさん、恥ずかしいこと言わないでください!」

「え、なんで?研究しよぉ?ごめんね、僕そう言うの遅かったから、大急ぎで上手になるね!」
「もう充分ですから!す、すごく上手だと思います・・・」

ごん!
ごん!
ごん!

「ど、どうしたの?」
あかり達が3人とも突っ伏してしまったのをみて、ますみが目を丸くする。

うん、間違いない。新人類は、人類の進化系だな。ちくしょー。

「だ、大丈夫だ。おめでとう、ますみ、サシャ」
「そ、そうね、ご利益ばらまいてもらいましょう」
「つ、つわり防止、がんばりますね」

そして3人は目だけで、頑張ろうな旧人類、的な檄を飛ばし合う。
サシャがキラキラな目をちょっと不思議そうに見開いた。

「ありがとう、ございます?」
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