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電話を取ると、電話口から、外がとても寒いことが伝わってきた。今夜は随分と冷える。そういえば今朝、今シーズン1の冷え込みだと天気予報が言っていた。
電話の向こうは、ざわざわと騒がしかった。その騒音すら凍り付くような寒さと、こちらをじっと窺う誰かの気配。俺は数秒迷って、その名前を口にした。
「凌?」
俺には電話の向こうにいる相手が、なぜだかその一人しか思い浮かばなかったのだけれど、そのことを相手に悟られるのが嫌だった。俺が寂しい人間だと知られたくないわけじゃない。そんなのはただの事実だし、誰に知られたって構わない。俺はもっと単純に、電話の向こうの相手に、電話を待っていたみたいに思われるのが嫌だった。だってもう、最後に話したのは何年前だろう。あの頃だって、俺はほとんど凌と話なんかしていなかったし、それにそう、凌の名前を呼んだことすらなかった。それなのに、あの頃凌を認識していたはずの名字は全く思い浮かばなくて、自然とやつの名前が口を突いて出た。
電話の向こうで凌は、ひとつ、短い息をついた。ただ呼吸をしただけにも、浅いため息にも聞こえる、微妙な息を。
『……うん。』
凌の返事は、ごく短かった。凍てつく夜で、言葉さえ凍てついてしまっているみたいな、低い声だった。昔、凌はあんなに明るい声で、よく喋ったのに。
「今、どこ?」
考えて発した言葉ではなかった。ただ、あまりに凌が、寒そうな場所にいるから。よく、分からないけれど、俺は凌に、そんなに寒いところにいてほしくはなかった。
『……新宿。』
ぽつん、と、凌が氷の粒みたいな言葉をこぼす。
「新宿の、どこ?」
『……駅。』
「何口?」
『……東。』
そこまで聞いて、俺はコートを掴んで部屋を飛び出していた。来てくれ、なんて、ひとことも言われていないのに。玄関でスニーカーを引っかけながらスマホを耳に当てると、通話はもう切れていた。新宿東口。あんな人の多いところで、10年近く会っていない相手を見つけられるものだろうか。一瞬、そんな躊躇いがよぎった気もする。それでも俺の足は止まらなくて、スマホをスウェットのポケットにねじ込み、アパートの階段を駆け下りていた。
電話の向こうは、ざわざわと騒がしかった。その騒音すら凍り付くような寒さと、こちらをじっと窺う誰かの気配。俺は数秒迷って、その名前を口にした。
「凌?」
俺には電話の向こうにいる相手が、なぜだかその一人しか思い浮かばなかったのだけれど、そのことを相手に悟られるのが嫌だった。俺が寂しい人間だと知られたくないわけじゃない。そんなのはただの事実だし、誰に知られたって構わない。俺はもっと単純に、電話の向こうの相手に、電話を待っていたみたいに思われるのが嫌だった。だってもう、最後に話したのは何年前だろう。あの頃だって、俺はほとんど凌と話なんかしていなかったし、それにそう、凌の名前を呼んだことすらなかった。それなのに、あの頃凌を認識していたはずの名字は全く思い浮かばなくて、自然とやつの名前が口を突いて出た。
電話の向こうで凌は、ひとつ、短い息をついた。ただ呼吸をしただけにも、浅いため息にも聞こえる、微妙な息を。
『……うん。』
凌の返事は、ごく短かった。凍てつく夜で、言葉さえ凍てついてしまっているみたいな、低い声だった。昔、凌はあんなに明るい声で、よく喋ったのに。
「今、どこ?」
考えて発した言葉ではなかった。ただ、あまりに凌が、寒そうな場所にいるから。よく、分からないけれど、俺は凌に、そんなに寒いところにいてほしくはなかった。
『……新宿。』
ぽつん、と、凌が氷の粒みたいな言葉をこぼす。
「新宿の、どこ?」
『……駅。』
「何口?」
『……東。』
そこまで聞いて、俺はコートを掴んで部屋を飛び出していた。来てくれ、なんて、ひとことも言われていないのに。玄関でスニーカーを引っかけながらスマホを耳に当てると、通話はもう切れていた。新宿東口。あんな人の多いところで、10年近く会っていない相手を見つけられるものだろうか。一瞬、そんな躊躇いがよぎった気もする。それでも俺の足は止まらなくて、スマホをスウェットのポケットにねじ込み、アパートの階段を駆け下りていた。
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