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からから、と、窓が開く軽い音とともに、ベランダに凌が顔を覗かせる。
「中田?」
俺の躊躇なんてもちろん知らない凌は、平然としていた。俺と寝たことなんて、多分この男の中では、物の数にも入らないのだろう。
「煙草?」
訊かれた俺は、首を振って凌の肩を押し、室内に戻った。
「切れた。買いに行く。お前も来る?」
コンビニに、朝飯も買う、と言うと、凌は一瞬考えるように視線を泳がせた後、首を横に振った。
「ここにいていい?」
ぽつん、と問われ、俺は首を縦に振った。機械的に、ただ。凌が口にしたその台詞は、俺がコンビニから戻ってくるまで、のことかもしれないし、今日明日、のことかもしれないし、もっと長い期間のことかもしれない。でも、それを確かめられなかった。
「なに食う?」
全然関係ない、どうでもいい、この場にそぐわないことを、辛うじて口にした。黙っていたら、なにかが深くなりすぎる気がした。俺は、それが怖かった。凌と深くなること、というよりは、誰とでも。誰とでも、深くなることが怖かった。そんな俺を見て、凌はほんのわずかに微笑んだ。疲れた微笑だった。ひとりでうんと長い時間を過ごした、孤独な女の紅のはげた唇。俺はそんな光景を思い浮かべ、凌から視線を外した。
「なんでも。……米がいいかな。」
「……分かった。」
俺は、スウェットの上にコートを引っかけ、徒歩5分の場所にあるコンビニへ出て行った。行き5分、店の中で5分、帰りも5分。せいぜい合計15分。それだけの時間があれば、人間はどこまで遠くに行けるのだろう。凌ならば、はるか遠く、俺の手も足も目も届かない遠くにあっさり行ってしまいそうな気がした。そう思うと、俺は落ち着かなくなって、コンビニでは目についた商品を適当にかごに放り込み、レジでそれだけは忘れずに煙草を二箱買うと、店を飛び出していた。
3分くらいで走ってアパートへ戻り、部屋のドアを開ける。すると、凌が平気な顔をして奥の部屋から出てきて、俺の手から買い物袋を受け取った。白いビニール袋の中をのぞいた凌は、不思議そうに、米じゃない、と呟く。なにを買ってきたのか記憶にはないが、多分、パンしか入っていなかったのだろう。
「はい。」
凌に煙草を手渡され、俺はその場で靴も脱がずに火をつけたそれを咥えた。
「ちょっと、副流煙。」
凌が嫌そうに眉を寄せ、俺は靴を脱いでそのままベランダへ出た。あの頃、凌は副流煙を気にするそぶりもなく、もくもくと機関車みたいに煙を吐き出す俺の隣に座っていたのに。ぼんやりと、そんなことを思いながら、俺はベランダの手すりに寄りかかった。
「中田?」
俺の躊躇なんてもちろん知らない凌は、平然としていた。俺と寝たことなんて、多分この男の中では、物の数にも入らないのだろう。
「煙草?」
訊かれた俺は、首を振って凌の肩を押し、室内に戻った。
「切れた。買いに行く。お前も来る?」
コンビニに、朝飯も買う、と言うと、凌は一瞬考えるように視線を泳がせた後、首を横に振った。
「ここにいていい?」
ぽつん、と問われ、俺は首を縦に振った。機械的に、ただ。凌が口にしたその台詞は、俺がコンビニから戻ってくるまで、のことかもしれないし、今日明日、のことかもしれないし、もっと長い期間のことかもしれない。でも、それを確かめられなかった。
「なに食う?」
全然関係ない、どうでもいい、この場にそぐわないことを、辛うじて口にした。黙っていたら、なにかが深くなりすぎる気がした。俺は、それが怖かった。凌と深くなること、というよりは、誰とでも。誰とでも、深くなることが怖かった。そんな俺を見て、凌はほんのわずかに微笑んだ。疲れた微笑だった。ひとりでうんと長い時間を過ごした、孤独な女の紅のはげた唇。俺はそんな光景を思い浮かべ、凌から視線を外した。
「なんでも。……米がいいかな。」
「……分かった。」
俺は、スウェットの上にコートを引っかけ、徒歩5分の場所にあるコンビニへ出て行った。行き5分、店の中で5分、帰りも5分。せいぜい合計15分。それだけの時間があれば、人間はどこまで遠くに行けるのだろう。凌ならば、はるか遠く、俺の手も足も目も届かない遠くにあっさり行ってしまいそうな気がした。そう思うと、俺は落ち着かなくなって、コンビニでは目についた商品を適当にかごに放り込み、レジでそれだけは忘れずに煙草を二箱買うと、店を飛び出していた。
3分くらいで走ってアパートへ戻り、部屋のドアを開ける。すると、凌が平気な顔をして奥の部屋から出てきて、俺の手から買い物袋を受け取った。白いビニール袋の中をのぞいた凌は、不思議そうに、米じゃない、と呟く。なにを買ってきたのか記憶にはないが、多分、パンしか入っていなかったのだろう。
「はい。」
凌に煙草を手渡され、俺はその場で靴も脱がずに火をつけたそれを咥えた。
「ちょっと、副流煙。」
凌が嫌そうに眉を寄せ、俺は靴を脱いでそのままベランダへ出た。あの頃、凌は副流煙を気にするそぶりもなく、もくもくと機関車みたいに煙を吐き出す俺の隣に座っていたのに。ぼんやりと、そんなことを思いながら、俺はベランダの手すりに寄りかかった。
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