コンビニ行ってくるけど

美里

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 「邪魔した? 彼女?」
 俺がベランダから室内に戻ると、凌はあっけらかんとそう言いながら、俺に煙草の箱を手渡してきた。
 「……違う。」
 あんなに俺と寝たくせに、今更彼女ときたものか、と、なぜか疲れたように思いつつ、俺は煙草を受け取ってリビングテーブルの上に置いた。もしも俺が、彼女だよ、と言ったら、こいつは、ごめん邪魔した、とあっさり部屋を出ていくのかもしれない。この寒い季節に、薄っぺらいパーカー一枚で。
 「じゃあ、お母さんとか?」
 俺はその問いには答えず、ベッドに潜り込み、もう寝る、と言外に表すために凌に背中を向けた。凌はごく短い間コンビニ袋をかさかさ言わせながらなにかしていたが、じきに俺の隣でそっと毛布にくるまった。手を伸ばして、凌の頬に触れてみると、それは氷のように冷たい。
 「……コート、着ろよ。」
 「平気。」
 「着ろ。」
 「平気だから。」
 他人の部屋にあっさり転がり込んでおきながら、なんでそんなところでかたくななんだろう、と、俺は内心でイラつきながら首を傾げた。凌はちょっとの間黙っていたけれど、やがて短く息をつき、俺の手を自分の手の中に握り込んだ。
 「寒いのは、いい。あんまり暖かいのに慣れると、戻れなくなる。」
 呟くような、小さな声だった。
 慣れればいい。戻れなくなればいい。
 そんなことを言えない俺に、凌に返す言葉があるはずもない。変なふうにねじれたみたいに、胸が痛んだ。その痛みにおされるように、凌の手を握りかえしかけて、指が躊躇った。俺も、怖かった。慣れるのも、戻れなくなるのも。だからなにも言えなくて、指一本動かせなくて、多分凌は、俺がもう寝ていると思ったのだろう。しばらく俺の手を握っていたけれど、その力がふっと弱くなった、と思ったら、凌の妙に安らかな寝息が聞こえてきた。
 俺は不自然な方向に曲がったままの手を動かすことができず、浅い眠りだけを繰り返して翌朝を迎えた。薄氷のような眠りが途切れ、薄ら意識が覚醒するたびに、凌の寝息を確かめた。耳をすませ、それが聞こえると、また目を閉じて浅く眠った。
 朝になると、コーヒーを啜り、一緒に起きてきた凌と、リビングテーブルで並んでトーストを食ってから、出勤した。
 俺が帰ってきたとき、凌は、部屋にいるだろうか。
 なにも訊けなくて、俺は頭をなるべく空っぽにしながら通勤電車に乗り込んだ。
 
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