コンビニ行ってくるけど

美里

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 冬の朝のぼやぼやした光が、カーテン越しに届いてきてすぐ、凌は戻ってきた。六時くらいだったと思う。静かにアパートのドアを開閉する音がした。
 凌が、帰ってきた。
 頭をからっぽにしようと努めつつ、じっと布団にくるまっていた俺は、身体を起こそうとして、できなかった。この寒い夜をどこで越してきたのだかも分からない凌に、俺はなにを言えばいいのか、見当もつかなくて。
 平気な顔で、お帰り、なんて言ったら、凌はどんな顔をするだろう。どこに行っていたんだ、と問い詰めたら? それとも抱きしめてキスでもしてみれば?
 どっちにしろ、俺の頭の中には、10年近く前に聞いた、凌がウリ専で働いていたとかいう噂話がぐるぐると渦巻いていた。それは、認めたくはないけれど一睡もできなかったこの夜中ずっと。あの噂をぼんやり信じるだけで、否定もできなかった俺には、凌を問い詰める権利なんてない。だけど、抱きしめてキスすることも、平気な顔でお帰りを言うことも、到底できない。
 「……中田。」
 ベッドの傍らに立った凌が、微かな、ごく微かな声で俺を呼んだ。俺は、返事ができなかった。なに、とただ一言発することができれば、凌がなにかを語るのではないかと、それが俺と凌に必要なことではないかと、思いはしたのにそれができない。俺はどうしても、怖かった。凌に近づくのが、誰かに近づくのが、怖かったのだ。
 凌は、寝たふりをする俺の、半分布団に埋もれた顔を、しばらく見下ろしていた。もしかしたら、このまま凌は再び部屋を出て行ってしまうかもしれない。そう思われるような、透明で冷たい時間だった。凌が俺に再び背を向けたとしても、俺はそれを引き留めることなんてできない。だから、ずっと目を閉じているしかなかった。
 数分か、十数分か、よく分からないけれどそれくらいの時間、凌は俺を見下ろし、俺は目を閉じて身体を固くしていた。そして、ふと部屋の空気が動いた、と思うと、凌はベッドに入るでもなく、ベッドの下に膝を抱えて座った。それは、いつも仕事から帰って来る俺を出迎えるときの姿勢だった。
 なんで。寒いのに。布団に入れよ、せめて。
 胸の中にそんな言葉が一気にあふれて、でもそれらの一つも口に出すことができない。俺はもうしばらく寝たふりを続け、それから今起きた、みたいな下手な芝居をしつつ、手を伸ばして凌の肩に触れた。相変わらず、腹が立つほどぺらぺらのパーカーを着ていた。
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