コンビニ行ってくるけど

美里

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 「……寒いだろ。」
 俺が辛うじて言葉を紡ぐと、凌は口元だけで少し笑った。
 「平気。」
 そして、パーカーのポケットから無造作に掴みだした数枚の札を、俺に差し出した。
 「家賃。」
 凌から金を受け取るのははじめてだった。家賃をとろうとか、せめて食費をとか、そんなふうに考えたことすらなかった。考える余裕がなかった、というのが正解かも知れない。俺には、ひとりきりだった家に今は凌がいる、その事実だけで精いっぱいで、金まで気が回らなかった。
 「……。」
 俺が金を前に沈黙していると、凌は笑みを深くして、俺の手に札を無理やり握らせた。
 「借金とか、空き巣とか、強盗とか、そんな金じゃないよ。」
 ちゃんと稼いできた、と、凌は言った。俺はなにも言い返せなかった。どうやって稼いだんだ、と言えば凌は案外、深夜の交通整理をしてきた、とか、そんなことを言うのかもしれなかったけれど、もしももっとあっさり、売春、などと言われたらと、想像するだけで言葉は喉に突っかかった。だから俺は、黙ったまま金を受け取って枕元に置いた。そして凌に手を伸ばしたのは、どんな意識からだったのだろうか。今でもまるで分らない。ただ、言葉が見つからないのが不安で、その不安を軽くするために俺にできることが、セックスくらいしか思い浮かばなかった。
 凌は、俺がなにを言う前に、ただ軽く腕を引いただけで、全てを察したみたいにパーカーを脱いだ。こいつはいつもは寝る前、俺が貸しているスウェットに着替える。それが昨晩はこの恰好のままベッドに入ったのだから、いつからだかは分からないけれど、スマホを弄りだす前から出かける気はあったのだろう。それがどんな目的の外出なのかは、俺には分からないけれど。
 言葉が出ない俺を、凌は責めなかったし、代わりに言葉を紡ぎもしなかった。ただ、薄明るさが余計に寒い部屋で、布団を被って、セックスをしただけ。その行為の、なにもかもを語っているみたいな顔をして、なにひとつ語りもせず、共有もさせてくれないことに、俺は苛立った。だって、俺はこんなに凌の中にいるのに、なんで凌のなにも分からない。本当は、言葉が足りないせいだと理解はしていた。こんなふうに身体を絡ませる前に、もっと言葉を費やすべきなのだと。でも俺にはそれが難しすぎて、黙って凌を抱く以外にできることがなかった。
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