コンビニ行ってくるけど

美里

文字の大きさ
25 / 31

25

しおりを挟む
 玄関のドアを開けると、思ったとおり、母親が立っていた。分厚いコートを着て、マフラーをぐるぐる巻きにしている。
 「健人、あんた、電話でないから……。」
 母親は、怒っていると言うよりは、悲しそうな、いっそ泣き出しそうな、今まで見たことのない顔をしていた。
 心配させていたのだ。それくらいのこと、これまでだって分かっていた。それでも俺は電話に出なかった。
 「……ごめん。」
 謝るしかなかった。申し訳ないと思ったのは本当だ。でも、その感情以上に、それ以上の言葉が思いつかなかった。ごめん。そう謝って、そこから先の言葉が出ない。黙り込む俺を見て、母親は笑った。いつも俺の言葉足らずは、この微笑で許されてきていた。そういう笑みだった。
 「なにかあったのかと思って、来たのよ。……彼女かと思ったら、男の子でびっくりした。お友達泊めているの?」
 何気ない口調で母親が言う。俺は、母親を家に招き入れるべきだと思っている。今夜は寒い。玄関先にいては、風邪をひくかもしれない。それなのに、彼女を中に入れることができない。
 「……うん。」
 寝てんのに?
 そう。ごく軽い調子で言った凌の、冷えた微笑がよみがえる。そう、寝てるのに。友達ですらないのに、寝たのがそもそもの間違いだったのだろう。セックスフレンドの、フレンド部分すらないくせに、俺が凌を欲しがった。
 「電話くらい、出なさいよ。帰ってこいって、無理に言うつもりはないんだから。」
 「……うん。」
 「明日は仕事、休み?」
 「……うん。」
 「ちょっと付き合ってよ。ご飯くらい。」
 俺は、黙った。言葉が上手く出てこない。自分がなにを言いたいのか分からない。それなのに、喉の奥では言葉にならない感情が吹き荒れているのだ。
 黙り込んだ俺を見て、母親は笑った。
 「……忙しいのね。」
 「……うん。」
 嘘をついた。俺を間違いなく愛してくれたひとだ。金を巻き上げられたことは一度もないし、大学までちゃんと出してくれた。留年したときだって、文句を言われもしなかった。金髪で煙草ばかり吸うしょうもないガキだった俺を、それでも見守ってくれたのだ。それなのに、なぜだろう。昔からだ。階段を上ってくるあなたの足音が、どうしても好きになれなかった。
 「急に来て、ごめんね。お友達によろしくね。」
 母親はそう言うと、じゃあね、と微笑んだ。今にも崩れそうな表情は、それでも笑みに固定されていた。俺はただ、頷くしかなかった。ひとつも台詞が見つからない。だれかに教えてほしかった。上手い立ち振る舞いや、上手い言葉の作りかた、上手いひとの愛しかたを。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

敵国の将軍×見捨てられた王子

モカ
BL
敵国の将軍×見捨てられた王子

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

処理中です...