コンビニ行ってくるけど

美里

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 その夜は、あまりにお互い身体が冷え切っていたので、珍しく湯船に湯を張り、交代で入った。それから、俺が仕事帰りに買ってきたコンビニ弁当を食い、いつもならだらだらとセックスにもつれ込むところを、そうしなかった。できなかったのだ。母親の顔がずっと脳裏にちらついていて、そういう気になれなかった。凌はなにも言わず、もちろん服を脱ぐこともなく、俺の横でテレビを観ていた。俺も凌も別にテレビに関心がないので、チャンネルをいじることもなく、ただ淡々とテレビ番組を消費していた。こんな夜は、はじめてだと思った。仕事のある夜でさえ、俺は凌の身体を求めていた。こんな金曜日の晩なら、なおさら。
 「……寝るか。」
 俺がテレビをつけっぱなしにして洗面所に歯を磨きに行くと、凌はテレビを消して俺についてきて、鏡の前に並んで歯を磨いた。鏡に映るのは、とりわけて親しかったこともない高校の同級生で、俺は今更ながら、心の底から今の生活が不思議になった。凌は、しゃこしゃこと歯を磨きながら、見るでもなしにぼんやり鏡を見ていて、その顔はやっぱり、懐かしさすら特に感じない、旧友とすら呼べない男の顔なのだ。
 「……。」
 それ以上、考えてはいけないと思った。考えれば考えるほど、この生活の不自然さだけがつのる。そうしたら俺は、動かなくてはいけなくなるだろう。どんな方向の動き方であれ、少しでも動いてしまえば、この暮らしを今のような低い温度で続けていくことができなくなる。
 歯磨きを終えた凌は、うがいをした後、先にベッドに行ってしまった。俺はその背中を見送り、うがいをし、鏡を覗き込み、言い聞かせる。
 だから、なんだ。不自然だから、なんだって言うんだ。
 その夜は、凌の身体に触れることもなく眠り、翌朝俺は、目を覚ますと同時に母親のことを思った。多分母親は、昨晩どこかで一泊して、今朝にでも家に帰ったのだろう。あまり長いこと、父親を一人にしておけないからだ。仕事一筋の父親は、比喩ではなく、ひとりでは米も炊けない。
 宿泊先を、訊きもしなかった。今から電話をかければ間に合うのかもしれない、と一瞬思い、なにに、と、すぐに思考を打ち消した。なにに、間に合うと言うのか。
 「コンビニ行ってくるけど、なにかいる?」
 隣で身体を起こし、軽く伸びをした凌が、腹減った、と、少し笑う。
 「……別に。」
 「飯は?」
 「……いる。」
 「米?」
 「パン。」
 じゃ、行ってくる、と、パーカー一枚で出て行った凌は、15分で俺の煙草と朝飯を買って帰ってきた。凌が帰ってくるまでの15分、俺はコーヒーを淹れていた。インスタントの、美味くもないコーヒーを、なにかのまじないみたいに、丁寧に淹れた。そうすることで、思考を少しでも封じ込められればいいと思った。
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