三人暮らし

美里

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 ガラガラに空いた電車の中で、私はシートに深く座って英語の単語帳を広げた。なんだか気持ちが落ち着かなくて、自分を誤魔化したいような気分だったのだ。でも、単語帳の白い紙の上を視線が滑るばかりで、全然頭に入ってこない。その代り、しつこく頭を過ぎるのは、さっきの志奈子の言葉たち。
 『悠ちゃんコンプレックス』『悠ちゃん好きすぎ』『ちょっと怖いくらい』
 そして最後のとどめが、『ずっと一緒なんだから、別にいいじゃん』
 志奈子にも、お兄さんがいる。私は会ったことがないし、会話の話題に上ることもほとんどないけれど。そんな志奈子の言葉だから、妙に心に突き刺さるのかもしれない。
 私はため息をつき、膝に抱えたリュックに単語帳を押し込むと、きつく目を閉じて、シートの背もたれに寄りかかった。
 『ずっと一緒なんだから、別にいじゃん』
 本当にそうだったら、どんなにいいだろう。
 いっそ眠ってしまいたいと思った。なにも考えなくてすむから。けれど、頭の中を志奈子の言葉がぐるぐるめぐっているまま、電車は我が家の最寄り駅のホームに滑り込む。私はリュックを背負い直し、電車を降りた。いつもの駅舎。見慣れて、すっかり生活の一部のはずの駅構内。それがなんだかざわざわ喧しくて鬱陶しいように感じられるのが不思議だった。
 苛々しかける自分が嫌で、半分走るみたいに改札を抜け、駅を飛び出す。
 家に帰りたくないな。
 そんな感情が胸の上にふっと浮かんで、私は自分で自分に驚く。
 これまで、そういうことを思い浮かべたことが一度もないと言えば嘘になる。お母さんに成績のことで叱られたときとか、なんだか感傷的になる秋の夕方とか、そんなときに。でも、今日のそれは、なんだかいつものとは違った。いつもは、私はその感覚に素直に従うことだってできた。そりゃ、うんと遠くには行けないけれど、志奈子や和紗に声をかけて遊んで帰るとか、ちょっと電車に乗って近くの街まで行ってみるとか、そういうことができた。でも、この感じは違う。そんなことをしたら、私はもう、二度と家に戻れなくなるような気がした。ぐるりと、世界がひっくり返って。
 なんだろう、この、胸がざわざわする感じは。
 私は立ち止まりかけていた足にぐっと力を込めて、駅前の商店街を歩いた。今日の私は、やっぱり変だ。ちょっと気を抜いたら、世界がひっくり返ってしまいそうなざわざわ感がある。
 お母さんの具合が悪いからだろうか。お父さんが死んでしまったあの夜のことを思い出して、ちょっと不安定になっているのかもしれない。
 私はそう自分に言い聞かせながら、徒歩7分の家までの道をたどって行った。
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