三人暮らし

美里

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悠一

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 「昨日は休みだったのね。」
 いつも通り、塾の裏手の細い道で俺を待っていた東さんが、別段興味があるふうでもなく言った。
 「母親が倒れてね。大したことはなくて、今家にいるんだけど。」
 「母親?」
 「うん。」
 「先生が大好きなお母さんね。」
 東さんの言う『大好き』には、なにか含みが感じられた。俺は、その含みに気が付いていないふりをする。
 「まあ、仲はいいかな。」
 「そんな言い方じゃ足りないんじゃない?」
 「……。」
 聞きたくなかった。東さんがなにを言おうとしているにしても、なにも。彼女の言葉はいつも、俺の胸の弱いところをぐさりと突き刺す。
 「……行こうか。」
 誤魔化すみたいに駅の方へ彼女を促すと、彼女は薄い唇に剃刀みたいな微笑を張り付けた。
 「先生は憶病ね。」
 「え?」
 「いつも逃げようとばかりする。でも、逃げ切れないんじゃないの? 今のまま、一緒に住んでたら。」
 俺はやっぱり、彼女がなにを言っているのか分からないふりをする。それでも、彼女はそれくらいで追撃の手を緩めてくれるほど生易しくはない。
 「ずっと黙って、縮こまって、今のままやれると思うの? 正直に認めるしかないんじゃないの? 好きなんだって。」
 「好きだよ。母親だからね。」
 「そんなこと言ってんじゃないわよ。」
 東さんの口調が、がらりと険しくなる。いつもの淡々とした調子からは、想像もつかないくらい。でも、それはその一瞬のことで、次の言葉を発する時にはもう、東さんはいつもの東さんに戻っていた。
 「母親に向けるものじゃない感情が、先生の中にはあるんでしょって、話しをしているのよ。」
 ないよ。そんなもの、ない。
 俺はもがくみたいにそんな否定の言葉を口にしようとして、やっぱりできなかった。嘘を重ねる苦しさ、みたいなものもあったし、彼女だけだ、という気もした。全てをなくした孤児どうし、東さんだけは、俺の感情を理解してくれるのではないかと。
 「……どうだろうね。ただ、咲子さんしかいなかったから、執着してるだけって気もするよ。」
 それから先の言葉を口にするのを、俺は一瞬ためらった。東さんが明日美と同い年の女の子だからだ。でも、やっぱり彼女しかいないという気がして、ぎこちないなりに口を開く。
 「でも、怖かったのも本当。おんなのひとと付き合ったことはあるけど、身体の関係は持てなかった。なんだかそれで、咲子さんに対する自分の欲が、形を持つ気がしたんだよね。」
 明日美と同い年の女の子は、表情一つ変えずに俺の話を聞いていた。そして、私は逆だったのかもね、と呟いた。 
 「逆?」
 俺が首を傾げると、彼女はやっぱり薄く鋭い笑みを浮かべたまま、ずいぶんたくさんの男やおんなと寝たわ、とさらりと口にした。
 
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