5 / 38
5
しおりを挟む
家の前につくと、父は私に、ひとりで入りなさい、と言った。お父さんは仕事に戻るから、と。私は頷いて、父が開けてくれた玄関のドアをくぐった。本当ならまだ、学校にいるはずの時間だった。私はこっそり二階の自分の部屋に上がって、学校が終わる時間までそこに隠れていることにした。母は、一階で掃除かなにかをしているみたいだった。父には、学校をさぼったことやアサヒさんと会ったことを母に黙っているようになんて言われなかったし、学校が終わるまで隠れていろとももちろん言われなかった。私は自分の意思で、そうしたのだ。もしかしたら父は、私の口から、アサヒさんと会っていることが母に知られることを望んでいたのかもしれないけれど。
私は勉強机の下に隠してある、チョコレートが入っていた赤い缶を開けた。それは私の宝箱で、中にはポストカードが束になって入っていた。
いつも、楽しくなんかなかった。
ポストカードを一枚一枚めくりながら、私はそんなことを思った。
父も母も、義務みたいに私をいろんなところに連れて行ってくれたけれど、私も含めた三人の誰も、楽しんではいなかったと思う。いつも、そそくさと観光をすませ、家に帰って来ては、父は書斎にこもり、母は台所に立ち、私は自分の部屋に引っ込んだ。
全然、楽しくなんかなかった。
私は口に出してそう呟いた。そして、ポストカードを缶の中に戻した。
アサヒさんに会いたい、と思った。父がいないところで二人で会ったら、もっといろんな話ができる。それは、家族の話なんかが。アサヒさんは、どんな顔で私の話を聞いてくれるだろうか。今日と同じ笑顔? それともまとわりついていた、あの寂しげな顔で?
私はその日以来、観光地でポストカードを集めるのをやめた。父も母も、それについてなにも言わなかった。気が付いていないのかもしれなかったし、気が付いていても口に出すほどの意味を感じなかったのかもしれない。
アサヒさんは、いつから手紙を待つのをやめたのだろうか。やめたときに、あの寂しげな印象をまとうようになったような、そんな気がした。もしも次に会えることがあったら、訊いてみよう。そう思ったのは一瞬のことで、私はすぐに、そんなことはできない、と思い直した。だって、手紙の話をしたときのアサヒさんは、あまりにも寂しそうだったから。
私は勉強机の下に隠してある、チョコレートが入っていた赤い缶を開けた。それは私の宝箱で、中にはポストカードが束になって入っていた。
いつも、楽しくなんかなかった。
ポストカードを一枚一枚めくりながら、私はそんなことを思った。
父も母も、義務みたいに私をいろんなところに連れて行ってくれたけれど、私も含めた三人の誰も、楽しんではいなかったと思う。いつも、そそくさと観光をすませ、家に帰って来ては、父は書斎にこもり、母は台所に立ち、私は自分の部屋に引っ込んだ。
全然、楽しくなんかなかった。
私は口に出してそう呟いた。そして、ポストカードを缶の中に戻した。
アサヒさんに会いたい、と思った。父がいないところで二人で会ったら、もっといろんな話ができる。それは、家族の話なんかが。アサヒさんは、どんな顔で私の話を聞いてくれるだろうか。今日と同じ笑顔? それともまとわりついていた、あの寂しげな顔で?
私はその日以来、観光地でポストカードを集めるのをやめた。父も母も、それについてなにも言わなかった。気が付いていないのかもしれなかったし、気が付いていても口に出すほどの意味を感じなかったのかもしれない。
アサヒさんは、いつから手紙を待つのをやめたのだろうか。やめたときに、あの寂しげな印象をまとうようになったような、そんな気がした。もしも次に会えることがあったら、訊いてみよう。そう思ったのは一瞬のことで、私はすぐに、そんなことはできない、と思い直した。だって、手紙の話をしたときのアサヒさんは、あまりにも寂しそうだったから。
10
あなたにおすすめの小説
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ
零
BL
鍛えられた肉体、高潔な魂――
それは選ばれし“供物”の条件。
山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。
見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。
誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。
心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる