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父の不倫
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父の不倫が発覚したとき、母は父に向かって、呆れたように息をついた。私が14歳の冬だった。発覚した経緯は簡単で、父の不倫相手が母に電話をかけてきたのだ。父と別れてくれ、と。私はその電話を、母の隣で聞いていた。母は電話の最中、私のことを見もしなかったし、私も別に口を出そうとも思わなかった。ただ、さやえんどうの筋を剥いていただけだ。
父の不倫相手は、随分と感情的だった。私の家には感情的になる人間がいないので、その感情の波は、妙に新鮮にすら聞こえた。声の感じからして、若い女のひとのようだった。私は、そのひとがアサヒさんではないことに安堵し、それから、まあ当たり前だよな、とも思った。もしも父の不倫相手がアサヒさんだったとしたら、あのひとはうちに電話をかけてきたりはしないだろうし、父も電話をかけさせてはおかないだろう。ちゃんと彼と家との距離を取って、その関係が失われたりしないように慎重になるはずだ。
母は父の不倫相手が感情的に喋り散らしている間、黙ってその話を聞いていた。受話器越しに聞こえてくる半泣きの声は、話が行きつ戻りつして分かりずらかったけれど、そのひとは、父とは一年ほどの関係がある会社の後輩であり、私の存在も知っているということだった。たったそれだけの内容を言うのに、そのひとはかなり長い時間を要した。
そのひとが、しゃくり上げるような声を出して言葉を切ったのは、冬の短い日が暮れる頃だった。私も母も、窓越しに暗くなっていく庭に咲く水仙の白い花を眺めていた。
それで、と、母は静かに口を切った。
「それであなたは、なにをお望みなんですか?」
いつもの母と変わらない、淡々としたトーンだった。父の不倫相手は、そのことについて罵り言葉を投げかけてきた。こんなときにも動揺しないのは、もう夫婦間の愛情がないからに他ならないと、そういった趣旨のことを言いたいらしかった。私は少しだけ、唇を笑わせたと思う。母もだ。ここまで攻撃的に背中の毛を逆立てられる女性を、逆に応援したいような変な感じがしていた。
「愛情の有無は今は置いておきましょう。」
母は多分、自分のその台詞が更におんなの気持ちを逆なですることくらいは、分かっていただろう。そして、常と変わらない落ち着きで言葉を続ける。
「それで、あなたのお望みは?」
母の、細いけれども使い込まれた長い指が、電話機のコードをくるくると捻っていた。私はそのさまを横目で眺めながら、筋を剥き終わったさやえんどうを鍋に放り込んだ。
父の不倫相手は、随分と感情的だった。私の家には感情的になる人間がいないので、その感情の波は、妙に新鮮にすら聞こえた。声の感じからして、若い女のひとのようだった。私は、そのひとがアサヒさんではないことに安堵し、それから、まあ当たり前だよな、とも思った。もしも父の不倫相手がアサヒさんだったとしたら、あのひとはうちに電話をかけてきたりはしないだろうし、父も電話をかけさせてはおかないだろう。ちゃんと彼と家との距離を取って、その関係が失われたりしないように慎重になるはずだ。
母は父の不倫相手が感情的に喋り散らしている間、黙ってその話を聞いていた。受話器越しに聞こえてくる半泣きの声は、話が行きつ戻りつして分かりずらかったけれど、そのひとは、父とは一年ほどの関係がある会社の後輩であり、私の存在も知っているということだった。たったそれだけの内容を言うのに、そのひとはかなり長い時間を要した。
そのひとが、しゃくり上げるような声を出して言葉を切ったのは、冬の短い日が暮れる頃だった。私も母も、窓越しに暗くなっていく庭に咲く水仙の白い花を眺めていた。
それで、と、母は静かに口を切った。
「それであなたは、なにをお望みなんですか?」
いつもの母と変わらない、淡々としたトーンだった。父の不倫相手は、そのことについて罵り言葉を投げかけてきた。こんなときにも動揺しないのは、もう夫婦間の愛情がないからに他ならないと、そういった趣旨のことを言いたいらしかった。私は少しだけ、唇を笑わせたと思う。母もだ。ここまで攻撃的に背中の毛を逆立てられる女性を、逆に応援したいような変な感じがしていた。
「愛情の有無は今は置いておきましょう。」
母は多分、自分のその台詞が更におんなの気持ちを逆なですることくらいは、分かっていただろう。そして、常と変わらない落ち着きで言葉を続ける。
「それで、あなたのお望みは?」
母の、細いけれども使い込まれた長い指が、電話機のコードをくるくると捻っていた。私はそのさまを横目で眺めながら、筋を剥き終わったさやえんどうを鍋に放り込んだ。
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