逃げても浮気と責めないで

美里

文字の大きさ
4 / 13

しおりを挟む
 私は彼女の姿を、幻覚の一種だと思った。そうでなければ、彼女がここにいる意味が分からない。私はただの壊れかけの玩具で、彼女にとっては気に掛ける必要もない存在だったはずだ。それなのに、幻覚のはずの彼女は、膝を折って私の頬に触れた。冷たい指をしていた。
 「……起きてるの?」
 彼女は、声まで可憐だった。そんなところも、私と似ても似つかない。
 私が辛うじて頷くと、彼女は私の手を引いて立ち上がらせ、部屋の隅に置き去りにされていた私のリュックサックを取ると、無言のまま荷造りを始めた。
 「お財布は?」
 「……ない。」
 養い親のところから、靴も履かずに逃げ出してきた私には、そのとき財布すらなかったのだ。彼女は私の返答にも表情を変えず、銀細工の妖精みたいに整った横顔で、自分のコートのポケットから財布を取り出すと、中身の札を、そっくり私のリュックにいれた。私はまだ朦朧としていて、彼女のその行動に驚きはしても、なにを言うこともできなかった。
 金と、数組の下着と、一組の服。それだけ入れるとリュックはいっぱいになった。彼女はそれを私に背負わせると、私の肩を押すみたいにして部屋から出した。私は茫然としたまま彼女に従った。抵抗できるほど意識がはっきりしていなかったし、多分はっきりしていたとしても、抵抗はできなかった。だって、私はただの玩具だ。あのおんなにであれ、彼女にであれ、逆らうことができるはずがない。
 彼女は私を、マンションから徒歩10分くらいの駅まで連れて行った。そして、なにも言わずに私の肩を改札口へ押し出した。私は素直にその手に従って改札をくぐった。従わない、という選択肢がなかった。それが私の、はじめての夜逃げになった。
 私はそのまま街へ流れ、その晩のうちにつかまえた手近なおんなの部屋に転がり込んだ。私にももう、おんなに抱かれるだけではなくて、抱けるくらいの技量は備わりつつあった。
 その後、街であの女や彼女の姿を見たことはない。二人で仲良く暮らしていて、街でおんなを物色する必要なんてないのかもしれないし、単に街に飽きただけか、それともそろって首でもくくったのかもしれない。分からない。私には知るすべがないし、知りたいとも思わない。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お久しぶりです旦那様。そろそろ離婚ですか?

奏千歌
恋愛
[イヌネコ] 「奥様、旦那様がお見えです」 「はい?」 ベッドの上でゴロゴロしながら猫と戯れていると、侍女が部屋を訪れて告げたことだった。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

大丈夫のその先は…

水姫
恋愛
実来はシングルマザーの母が再婚すると聞いた。母が嬉しそうにしているのを見るとこれまで苦労かけた分幸せになって欲しいと思う。 新しくできた父はよりにもよって医者だった。新しくできた兄たちも同様で…。 バレないように、バレないように。 「大丈夫だよ」 すいません。ゆっくりお待ち下さい。m(_ _)m

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

妹の身代わりだった私に「本命は君だ」――王宮前で王子に抱き潰され、溺愛がバレました。~私が虐げられるきっかけになった少年が、私と王子を結び付

唯崎りいち
恋愛
妹の身代わりとして王子とデートすることになった私。でも王子の本命は最初から私で――。長年虐げられ、地味でみすぼらしい私が、王子の愛と溺愛に包まれ、ついに幸せを掴む甘々ラブファンタジー。妹や家族との誤解、影武者の存在も絡み、ハラハラと胸キュンが止まらない物語。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

処理中です...