逃げても浮気と責めないで

美里

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 あのおんなの部屋から夜逃げして以来、私には夜逃げ癖が付いた。おんなと揉めていたり、他のおんなができたり、そんな時に夜逃げをするだけなら、普通にまあ、なくもないことだと思うのだけれど、私の場合はそうではない。おんなとは別に揉めていないし、他におんながいるわけでもない。今夜はまるっきり昨日の夜と同じだ。そんな夜に不意に、リュックサックに荷物を詰め込んでしまう。荷造りができると、もうこの部屋にいる理由なんて一つもないような気になって、私はそのとき一緒に暮らしているおんながどんなおんなであっても、部屋を出てしまう。やさしいおんなも、うつくしいおんなも、賢いおんなもいた。別に、部屋を出る理由なんかなかった。それでも私は、いきなり、変な風に吹かれてまるっきり中身が入れ替わってしまったみたいに、夜逃げ癖を発揮した。次のおんなは、街に転がり込めば、いくらでも見つかった。だからだろう、私はとめどなく逃げ続けた。
 夜逃げをしたらまず、街の一番奥、とにかく目立たないたたずまいのバーで、グラス一杯分の倒れるほど甘いカクテルを飲む。その店には大抵客がいないし、美人のバーテンダーもいつも無口だ。私はそのバーテンの硬質な美貌にいつも、私に夜逃げを教えた硝子細工みたいな彼女の面影を見てしまう。悔しいくらい、私のおんなの趣味は、彼女で形成されてしまっている。
 「また逃げてきちゃった。甘いお酒、飲ませてよ。」
 カウンターが8席しかない狭い店。客は私以外誰もいない。背の高いスツールに腰掛けて笑いかけても、バーテンは今夜も表情を変えない。
 「何色にしましょうか。」
 「ピンク。」
 しなやかで無駄のない動作でカクテルを作り始めるバーテンを、カウンターに肘をついて眺めていると、なんだか自分がひどく疲れていることに気が付いた。
 ここで一杯酒を飲んだら、ちゃんと客が入っている賑やかなビアンバーに行って、今夜からの宿を確保しないといけない。
 私には、それができる。もうずっと、そうやって暮らしてきたのだ。できるけれど、できると分かっているけれど、それをするのがひどく億劫なのだ。
 「ねえ、サエちゃん、今夜泊めてくれない?」
 投げやりにバーテンに問いかけると、ピンクの液体が注がれたグラスをこちらに滑らせながら、彼女はうっすらと笑った。
 「ユナさんの誘いに乗るほど、私、迂闊じゃないんですよ。」
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