逃げても浮気と責めないで

美里

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 ぼんやり突っ立っているうちに、夜はどんどん冷え込んでいった。自分の身体が小さく震えているのが分かり、もうここに立っているのも物理的に限界だと思う。そもそもここに立っていたって、できることはひとつもないのだ。
 行くところも、帰ることろもない。
 10年も家出癖を抱えて生きていれば、百も承知のことだ。承知していなければ、こんなふうに浮き草みたいに生きてはいられない。それでも今夜は、帰るところがほしかった。不安定にふらふらしているおんなの部屋や、おんなの身体や、おんなの情念。不安定さは知り尽くしているけれど、今日はそれでも、誰かの部屋に行き、誰かの身体を抱き、誰かの隣で眠りたい。
 私はぼんやりしたまま、来た道を引き返しはじめた。どこに行きたいのかは自分でも分かっていないようだったし、くっきりと自覚しているようでもあった。とにかく私は、本日二度目、サエちゃんのバーのドアを開いた。
 「いらっしゃいませ。」
 サエちゃんは、いつも通り、毛の先ほどの乱れもない声で言った。私が一日に二度この店のドアをくぐったことはないのだけれど、そんなことなんてまるで、サエちゃんは気にも留めていないようだった。
 店内には、やっぱり客はひとりもいなくて、私はそのことにうっすらと安堵する。
 「……甘いお酒、飲ませてよ。」
 自分の声が、不自然に掠れているのが分かる。私はそれを、寒い所にいすぎて、身体が冷え切ったせいだと自分に言い聞かせた。
 サエちゃんは、私の声の掠れになど気が付いていないみたいに、淡々と言葉を返す。
 「何色にしましょうか。」
 「……白。」
 承知しました、と、静かな声で呟き、サエちゃんはカウンターの中で端正に細身の体を動かし、カクテルを作りはじめる。私はその動作を目で追うでもなく追いながら、カウンターに肘をついた。店内は快適な温度で、がちがちに固まっていた身体が芯からほどけていくような気分になる。私は氷が溶けるみたいに姿勢を崩し、その場で深くうなだれた。
 うなだれるような理由なんか、ない。ちょっと、生意気な子どもと関わってしまっただけ。それも、一瞬のこと。
 そう胸の中で呟き、その言葉が一言一句正しいことを何度も確認する。それでも、なかなか姿勢を正すだけの気力がわいてこなかった。そんな自分の情けなさが、全く嫌になる。
 
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